「巫女姫さまにクロキアから降嫁のお話が来てるって本当か?」
「馬鹿だねあんた。めったなこというんじゃないよ。そんなことあるもんかい」
「だけど内裏の門番に聞いたんだ。確かな情報だよ」
「あたしも聞いたわ。帝はどうなさるおつもりかしらねえ…」
九重はみたらし団子をほおばりながら、長屋の前の井戸で、道の途中で足をとめてこそこそと話をしている市民の声に耳をそば立てた。
「おっちゃん、団子追加ーっ」
「あいよー。九朗、おめえしばらく顔見せてなかったな。どこいってたんだ?」
九重は瞬きをしてから、さらりと応えた。
「伽羅」
「ッ! おいおいそれじゃあ、巫女姫さまが降嫁なさるっつーのは本当なんか?」
伽羅とはクロキアの古い国名だ。団子屋の店主はその言葉に興味心身な様子で声をひそめて聞いてきた。
「んー。クロキアが散々要求してるのは確かだよ」
空の串をもごもごと動かしながら応える。いつのまにかまわりにわらわらと人が集まっていた。
「もちろん、帝は断るよなあ」
「だがよお、それでクロキアが怒ったら戦になるんじゃねえか?」
「おいっめったなこというなっ」
「……」
それとなく市内にうわさを流すよう部下に伝えておいた。町人の反応は、まあ予想とあまり変わりない。
「巫女姫さまは断らないよ」
ざわざわとした喧噪の中、妙にひびく声が届く。それは九重が座っていた長椅子の隣。九重とは背中あわせになるように座っている少年がくすくすと笑いながらこちらをみていた。
「断ったら戦になるんだったら、賢い巫女姫さまのこと。断るわけない。シュアラは安全さ」
ゆっくりと言い含めるような口調に、九重はお茶を飲みながら、眉をしかめた。明らかに町人たちが動揺したのが伝わってくる。
戦か。降嫁か。
数秒後には団子屋は激論の場と化していた。九重は少年をみるべくもう一度振り向いた、が。
(………いない…)
舌打ちをして、赤い敷き布が引かれた長椅子の上に駄賃を払い、路に出る。今の九重の姿は腰に二本差し。武家の若者の格好だ。この姿の際には〝柊 九朗〟と名乗り、隠れ蓑もちゃんと用意してある。
七十歩ほど大股に賑やかな大路を突き進む。それから懐に手を入れて、「しゃらめ」の暖簾を下げる小間物屋に入った。
店の中でを見回して、くすっと笑う。品物の手入れをしている店娘はこちらに気づかぬ様子だ。
「深雨(みう)」
「? …あら、九朗さま。ほんとうにお久しぶりですこと。都のことなど、お忘れになったのかと思いましたわ」
棚を整理しながら、深雨はつんとした様子で声を返した。九重はくすくすと笑いながら、我が物顔で店の奥に入り、座敷に腰を下ろす。
「それ厭味? 私だって忙しいんだよ」
「あら、先日ご同僚の新様と遊里に行ったって時雨さまから聞いたけれど…」
「耳が痛いな。旦那さん、深雨さんをお部屋に連れて行って言い訳を聞いていただいてもらっていいですか?」
番台で煙管をふいていた初老の男性が苦笑する。
「ああ、柊さんがいなくってだいぶすねていたから慰めてくれ」
「お父さん!」
顔を真っ赤にする深雨の手をひいて、九重は座敷を上がり、階段に向かった。部屋は二階にある。が、九重と深雨は階段の裏にまわる。
一見、床下には何もないように見えるが、深雨が床の板を一枚とると、かたりと音を立てて床の一部分がくぼむ。
足で押すと、ひんやりとした空気が頬を撫でた。鉄の梯子が地下につながっている。初めに九重が。次に深雨が身軽にその中に飛び込んだ。
今度からみーちゃんと呼ぼう(笑)
せめてしーちゃんで(笑)
あわわ……
ふっふっふ…