君を、君をいつまでも、
想っているよ――
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ふいに誰かに呼ばれたような気がして、桜は後ろを振り向いた。春まで眠りについている静かな木々に、降り積もった雪面に、ふたつぶんの足跡だけしかない。
「桜? どうした?」
「あ、いいえ」
「もうそろそろ部屋に戻らない? 熱でるよ」
隣を歩いている蒼牙が首巻に顔をうずめてくぐもった声で訴える。桜は寒さで赤くなった頬をぷうっと膨らませた。
「嫌です。もうちょっとだけ」
澄み切った空を見上げる。東の空から薄い灰色の雲の群れが流れてきてる。もしかしたらまた雪が降るかもしれない。
桜は目を閉じて、耳を澄ました。
頭上で枝を広げている木々は、春を呼ぶ歌、
地面の奥底でぐっすりと夢見る種の寝言が、
冬将軍が春の女神を呼ぶための宴の準備を、
ゆっくりと融けだしていく、六花のこえが、
こい こい はるよ こいと囁いている。
「最近…お水の声がよく聞こえるようになったんです」
「ん?」
「前は、気配とか、流れしかわからなかったのに…」
どうしてだろうと水神に愛された少年を見上げる。蒼牙は一瞬、とてもとても難しそうな顔をした。
「蒼牙くん…?」
「俺も、さ」
「?」
「俺、前は桜がよく言ってた樹と花の〝歌〟が聞こえなかったんだ。だけど、最近はたまにだけど…聞こえるようになったんだよね」
「蒼牙くんも? どうして?」
可愛らしく首をかしげて、答えを求めてくる少女の頭を撫でる。蒼牙はひとしきりあーだのうーだのと呻いてから、桜の細い腰を引き寄せた。
小さく悲鳴をあげながらもおさまった身体を抱きしめて、小さくつぶやく。
「……夫婦になったから、だと思う」
「っ」
腕の中の少女が一瞬で耳まで真っ赤にする。瞳を潤ませて、おそるおそる桜は顔をあげた。嬉しいのか恥ずかしいのか。なんだかたくさんのくすぐったい気持ちがふるふると震える。
「桜気づいてないだろうけど…、神気にさ、白と青が混じってるよ。ちょっとだけだけどね」
桜はそう言われて、ちょっぴり抑えていた神気をてのひらに集中させる。すると、淡い淡い透きとおった空色の神気がふわんと現れた。ないとは思うが最大限に神力を引き出したら、この色は消えてしまうだろう。
「蒼牙くん…も?」
「いや、俺は歌とかは本当にたまに聴こえるだけで、それ以外は変わってない」
桜はちょっとすねた顔を見せた。蒼牙は冷たくなった白い頬を撫でる。
この少女がいずれかの男児と結ばれるということは、本人は気づいていないけれど、特別な意味合いを持つ。薄々感づいている主上や春宮に、話さなければならない。
ちょうど、これから帝に内輪のみでの雪見の宴に誘われている。相当緊張するが、ここは腹をくくって勝負だ。
新は別に自分のことではないのに胃を痛めている。漣には……色々覚悟しておけと言われたし、華音はシュアラ魂で粉砕してこいと言われた。…粉砕したらもともこもないじゃないか。
あきらは…、珍しく弟をからかわないで、頑張りなさい、とただ一言のみ。
どんどん気むずかしくなっていく蒼牙の表情に、桜はきょとんとした。それに気づいて、小さく息をついてもう一度桜を軽く抱きしめる。そしてすぐ離れた。
桜の宮の庭とはいえ、誰が見てるかはわからないから。
「そろそろ時間だな。戻るぞ」
「はい」
桜は顔をほころばせた。今日の宴は桜の体調がよくなったお祝いで、兄たちがほんの少数の親しい人たちだけを集めて宴を開いてくれる。兄妹そろって質素が好きなものだから、宴の場所は桜の宮の庭園の遣り水がある露台だ。
◇ ◇
「はーっいっみなさん元気ですかーっ!! あたしは寒いでーすっ! 今夜はゆっきーのおごりの新年会☆ 飲んで食って騒いで日頃のストレスを解消しましょうーっ」
大きな庇が伸びる寝殿の正面には、まるで池水に浮かべたような正方形の露台がある。その中央で、南の方で手に入れてきた「マイク」なるものを手に持って司会進行をしている九重のもとに、吉野がばたばたとせわしなく走り寄る。
「朝の君!! なんてあけっぴろげな祝辞を…っ! あなたのたってもの希望ときいて譲ったというのに…。それは没収ですっ」
「えーっだってだってーっ!」
「だってじゃありませんっ」
美しい雅な露台の上の珍妙な光景に、宴に臨席している桜達はおおいに笑った。上座に座っている雪路はくつくつと肩を震わせながら扇を開いてひらひらと振る。
「構わないよ、吉野。皆も桜のためによくやってくれた。本当に感謝する。無礼講で、…まあ下戸の人は飲まないで楽しんでくれ」
ちら、と兄が華音に目くばせしたのを、雪矢は見逃さず、くすくすと小さく笑った。
「へえー…あのちっこかった蒼牙がねえ…」
びゅん。ぱしっ。
「…おい、何故盆をこちらに投げる」
「手が滑ったのよ」
宴と聞いて駆け付けた瑠那はにこやかながらも青筋をたてている。漣と華音が首をかしげた。
「まあ、それにしても水が怖くて泣いていた泣き虫がでかくなったものだ」
「そうねえー…」
漣の言葉に、あきらが酒をこくこくと飲みながら首肯する。
…ていうか。
瑠那とあきらは虚空を見つめて同じ思いを胸に抱いた。
(お前らもいい加減くっつきやがれ)
「おめでとう、桜」
華音は頬を染めた桜の頭を優しく撫でる。桜は嬉しそうに頷いた。
「はい。……あの…」
少し顔に陰りが落ちる。桜は心から祝福してくれる兄や姉たちに、不安そうな顔を見せた。
緊張するけれど、ちゃんと言わなきゃ。
「……私、ここに…シュアラに…いたいから、皆様に…迷惑…をかけちゃうことになるかもしれません…もし戦が起きたら怪我をしちゃうかも…」
ひとつ息をつく。深呼吸。
「でも私諦めないで頑張ります。だから、よろしくお願いしますっ」
ぺこりっと頭を下げて、桜はおそるおそる顔をあげた。還ってくる反応がどんなものか、見当もつかない。それに、他には九重や悠、新や時雨もいるのだ。
そっと目をあけると、意外にも皆一様に普通だった。
「なんだ、そんなこと」
「当たり前でしょ。あの馬鹿神官に桜をやれるわけないじゃない」
「桜ちゃん、覚悟決めてくれたのね。これで存分暴れられるわ」
あきらが少々不安な言動を残したが、他にも九重は何言ってるのーと時雨とともに笑っていて、悠も新も一緒に頑張ろうな、と言葉を返す。
桜は瞳を潤ませてほほ笑んだ。
「ありがとうございます…」
さあこれからが盛り上がりどころだと皆が酒や肴、料理に手を着けようとしたとき、げっそりとした顔つきの蒼牙がその輪に加わった。
「あれ、おちびちゃん少し見ぬ間に痩せた?」
すっとんきょんな九重に返す気もない様子だ。新がなぜか袖で涙をぬぐい、空いた手で胃を抑えている。悠は顔を引きつらせる。
あきらが立ち上がって、姉弟で言葉を交わす。あきらが溜息を吐いて蒼牙の背中をばしんと叩いた。
続いて、雪路と雪矢がにこやかに笑いながら入ってきた。だが、その場にいた者(桜以外)は気づいた。
雪路と雪矢の後ろに、不動明王像と阿修羅像が燃え盛る炎の中猛々しく立っていることに。
そして、夜は更けゆく。
fin.
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蒼牙、ゆっきーとせっちゃんに何を言われたの…っお母さん怖くて書けなかったよ(笑)ルナちん、時間軸的にはここにいるんでしょうか…?もし違ってたら言ってくださいね(>_<);;
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