「…りーん、しーん?」
賢は、はあ。と息をついた。
紫野に行く! と言いだした慎に便乗して凛が乗り、シュアラの絹織物に興味もあった賢もすぐに賛同した。
…したのだが。
内裏をまっすぐ行くルートではなく、紀不祢山を経由して、聖域の白神山のふもとまで行くルートをとったのがいけなかったのか。
人気のない山の中には遺跡や不思議な洞穴、妖がいて、あっちをきょろきょろこっちをきょろきょろ。目玉が追い付かないくらい珍しいものばかりだった。
自分もそうだったのだから、きっと他の2人もわれを忘れておのおの興味を持った方に突っ走ってしまったのだろう。
ホタルのけんけんは、蒼牙の式神の浅燈になついて離さなかったものだから、おいてきてしまった。
(とりあえず適当に散策したら、寮にもどろーっと)
賢はひょいひょいとひざ丈ある花の茎を押しつぶさないようにしながら、どうにか山道を抜け出ようと試みていた。
イドラにはない甘い水の空気。樹木が深く静かに呼吸をし、枝をしならせさわさわと葉を揺らす。
静謐で、どんどん身体の中が澄み渡っていくようだった。
シュアラで一番高い不散の山から見える大陸はどんどんと科学技術や化学文明が発達し、西に近づけば近づくほど蒸気機関車や飛行船などといった乗物に出くわすのも珍しくない、とアビーが言っていた。
世界の技術が進化していく中、深く静かな緑を護り清らかな水の流れを維持し続けていられるのは、シュアラの神秘性故か、古代から島国という単一民族国家だった故か。
ついこのまえ凛が自分たちより年下の女の子と難しそうにそんなことを語っていた。
ぼんやりそんなことを考えているうちに、突然目の前が開けた。山のなるべく平らな面に民家が五つほど建っている。目を凝らせば木々に隠れていて家屋はもっとありそうだった。都に程近い集落の一つだろうか。
集落のはずれには大柄な男性10人が手をつないでやっとひとまわりできるほど太い神木杉が生えている。
その横に小さな鳥居と、御社がたっていた。
「あ。都が見える…あそこ、練兵場かなあ…」
幹に手をかけて眼下を見据えると、とても小さいが講武所らしきものがみえる。
ここを降りればとりあえず帰ることができるだろう。幸い御社の後ろに石段もあるし。
うんうんと考えながら杉の木を降りると、反対側、お社の建っているところに、女の子が一人地べたにぺたんと座ってうつむいていた。
「どうしたの? 気分でも悪いの?」
「え…?」
ふわっと、肩より少し下までの黒髪がたなびいた。
両側の髪を少し取って飾り紐で飾っていて、くるっとした瞳は甘そうな紅茶色だ。少し不安げに袂で口元を隠して、首をかしげている。
可愛い。
とだれもがこの少女をはじめて見たらこう思うだろう。
だが賢は少女の外見ではないものを視ていた。
(……花……?)
淡紅の花弁がふわ。ふわ。と少女に絶えず降り注いでいる。
花の咲いた木なんてどこにもない。それに、植物に詳しい賢でも、視たことのない色の花だった。
ああ。これは、きっと。
この世界ではない、どこからか、降っているのだ。となぜかそう思った。
「…あ、の………」
「……っ!」
ぼうっとしていたので、少女の声に反応するのが少し遅れた。
「……申し訳ございませんが、手を貸していただけますか?」
控え目な声音と口調に、少しびっくりした。明らかに同じ年頃なんだから敬語なんて使わなくていいのに。
「う、うん。あの、なにをすればいいの?」
「実は…、足を痛めてしまって…」
「えっ!! 大丈夫?!」
あわてて手を差し出す賢に、ゆうるりと首を横に振って、少女は申し訳なさそうに口を開いた。
「歩けないほどではありません…。…………あの…髪飾りをとっていただけませんか?」
白い小さな手が差したのは、ご神木。その木の枝に、銀細工の髪留めがひっかかっていた。
「…ご神木だ。のぼってもいいのかな…」
「あ。…それは断りをいれましたので……」
「……きみも話せるの?」
驚いたように目を見張る賢に、少女はあ。と手のひらで口を押さえた。
あまり表沙汰にしたくないのかなあ。と思いながら賢は柔らかく笑う。
「俺もなんだ。俺も、花や木の声が聞けるんだよ」
「…え……?」
「ほんとだ。いいって言ってるね。ちょっと待ってて」
するすると賢は木の枝を登って、器用にひっかかっている髪留めに手を伸ばす。
(? なんだろ。変な紙まきついてる…)
白い人型のものだ。蒼牙や新がよくつくるものと、同じ?
クエスチョンマークが飛び交うけれど、それは後回し。
枝から髪留めが外れる。
と。その中から音もなく長毛の犬の化生が現れた。
賢は目を丸くする。犬は賢をつと見てから急降下して、自分の身丈より小さい少女に覆いかぶさるように飛び降りた。
「わふっ」
「夷天っ、ごめんね…。見つかってよかった。どこもけがしてない?」
「あんっ! あんっ!」
「私は大丈夫。少し足を挫いただけなの。………本当に助かりました。ありがとうございます」
深く頭を下げる少女に、賢はわたわたと意味もなく手を動かした。そんな大層なことはやっていない。得意の木のぼりをしただけだ。
「あの、きみ、名前は……」
その時、小さな風とともに白い鳥が降りてきた。ぽんっと音を立ててそれが文に変わる。少女はすみませんと一言断って、たたまれた文をばさりと広げた。
「………いかなくちゃ」
どこか疲れたような声を漏らして、少女ははたとかぶりを振る。
それから、ゆるりと目を細めて賢を見上げた。
「助けて下さりありがとうございました。火急の要件ができたもので、すぐ帰らねばなりませぬが…。ご縁がございましたら、その折にお礼をさせてくださいませ」
「え…あ…」
「私の名前は、桜です」
「さく…ら」
呼ぶと少し照れたように桜は笑んで、行儀よく頭をさげる。それから「夷天」と犬に寄り添った……かと思うと、桜はその場から消えていた。
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けんちゃとらーちゃ。ふたりのであいへん。夷天ちゃん出しちゃいました♪
なんで足挫いたのかは、ちょっと皇族のおひめさんと村でいさかいがありまして云々。
夷天はふっとばされて、しかも運悪くご神木で、本性に戻れなかったという超都合のいいことがありました。←
さっちゃん…
てんちゃん☆
かなりフリーダム