男性が二人、抱き合うようにして地べたに倒れているのを見て、桜はきょとんとした。
さっき、叫び声が聞こえた。助けを求めるような声。どちらかはわからないけれど、友人の一人が駆けつけて事なきを得たのだろうか。
そんなことをおっとり考えていると、ぐいっと腕を引かれた。
「ぼけっと突っ立ってんな。茂みから回って城に戻る」
「あ、はいそうですね…」
なにやら深刻な様子の男性2人のところを堂々と歩いて通り過ぎるのはなんとなく憚られた。
「てめぇの狙いはカルミノ王家の秘宝だ。違うか? ”賢者の石”。聞いたことがないたぁ、言わせねぇぜ?」
音を立てないように遠回りで城に向かっていると、ふとそんな声が聞こえてきた。前を行く蒼牙が歩みを緩め、剣呑に広場の男を見る。そのうちの一人、白子の男と目が合った。ふんっと鼻で笑い飛ばされる。
その瞬間、前後にどういう経緯があったか知らないが男同士の乱暴な口付けが始まる。
桜は慌てて絹布を深くかぶって視界をふさぐ。蒼牙はどうしてこの国についてから見たくないものや面倒事に出くわすのか本気で考えながら、素通りしようとした。
が、
「……物陰で人の会話をこそこそ盗み聞きたぁ、随分と高尚な趣味じゃねぇか、ええ? サービスショットは終わりだ。潔くなったらどうだ?」
(……何がサービスショットだ。)
友人のくの一がいたらさぞかし、げらげら笑って「サービスせんきゅーさんきゅーのーせんきゅー」と返すのだろう。
それにひとつ訂正したい。盗み聞き、まああちらから見ればそうなのだろうか、不可抗力だ。別に会話に興味はなかったし、おまけにサービスされる覚えもない。
ああ、からかわれたんだな、と蒼牙は妙に冷めた思考で結論を出した。後の桜は少し困ったように首を傾げている、その身体を背中に隠すようにして、茂みから出ると、白子の男の鋭い眼光とぶつかりあう。
押しの如く黙っていると、隣に頼りなげに立った桜が口を開いた。
「……お気を悪くさせてごめんなさい。あの、助けを求める気配がしたもので…」
「…で、様子見に来たけど、あんたがいて大丈夫そうだから、帰るところなんだ。邪魔されたくないだろ。そこどいてくんない?」
ぐいっと細い腕を引っ張って、とっととこの場をあとにしようとしたとき、強い風が吹いた。
ぶわっと桜の絹布があおられて、隠していた顔が露わになる。つないでいた手が離れる。蒼牙は舌打ちした。
しかし、白子の男は、桜の姿よりも額飾りに興味を示したようだった。目を向けて、不快感をあらわに顔をしかめた。
「……へえ。シュアラの巫女姫ね」
男はやや硬い声で確認するようにつぶやいた。
大多数の人間なら、大陸で信仰を集める巫女姫と出会えば驚愕し、狂喜するもの。それほど大陸の中でシュアラという国は高尚なものと扱われているからだ。
だが、男はその大多数に含まれるものではなかったらしい。彼の表情は急速に乾き、冷えていく。
「何かとご高名な姫さんが、こんなところで出刃がめたぁな。よっぽど暇と見える」
「……」
吐き出した台詞に明確な悪意が灯る。桜の肩がぴくりと震えた。
「一つ、教えといてやるぜ、巫女姫様よ。助けがどうたらこうたら、感じたところでほいほいと近寄るのはやめといたがいい。どんな蛇や鬼が出るか知れたもんじゃねぇからな。
噂がどこまで本当かは知らねぇが、親切と余計なお節介の違いは間違わねぇようにした方がいいぜ。地雷を踏むのは自分だからな」
桜はゆっくりと瞬きをしてから、何も答えずに薄くほほ笑んだ。本国では皇族府の厭味とは正反対。なんて真っ直ぐな言葉なのだろう。
蒼牙は、その桜の表情に怒りを覚え、静かに拳を握り締めた。
「…口を慎め」
「あ?」
蒼牙は桜を引き寄せて、白子を見上げた。噴き上がる激情は表には出ていない。波紋ひとつおこさない水面のような表情で。
漆黒の瞳に明確な怒気が見え隠れするのを興味がなさそうに見返した。
「ああ、慎むぜ。生憎、俺は王族貴族なんてろくでもないもんが大嫌いでね。高く止まった身分で民に救いを、なんてほざかれるのは耳が腐る質だ。こっちから退散してやるよ」
「…あっそ」
蒼牙が淡白に返す。桜は確かに、ろくでもないかもなと、頭の隅で思いながら、ぺこりとカシスに頭を下げて、蒼牙の伸ばした手をつかもうとした。
それと同時に、白子の男が金髪の男をズダ袋でも抱えるように、無造作に抱え上げる。
その瞬間、大の男一人抱え、視界が狭くなった白子の男と桜がぶつかった。小柄で華奢な身体は簡単によろける。そして。
かしゃ…ん。
左手のブレスレッドが落ちる。それを確認する間もなく、大津波のように桜の頭の中に記憶の奔流がはいってきた。
「っげほっ」
桜は口元を抑えて地に手をついた。それに気がついた蒼牙が慌てて落ちたブレスレットをとり、桜の肩を引き寄せた。
白子の男はちらりとそれを一瞥しただけで、ざくざくと下生えを踏みつけて去っていった。
その足跡が完全に静まり、静寂が広場におとされる。桜は拒絶反応と闘いながら荒い咳を繰り返した。
しばらくの間桜を抱き寄せて背中をなでていた蒼牙は身体を離す。
「…桜?」
「……大丈夫、です……」
込み上げる吐き気を抑えながら桜は蒼牙に微笑んで見せた。ぶつかったと同時に、青の封印石が弾き飛ばされたが、すぐに蒼牙が抑えの霊力を送ったので極弱い影響で済んだようだ。
ふら、と気分の悪さを堪えて立ち上がる。そしてもう誰もいない夜闇の向こうに視線を投じた。
「……『赤』と『黒』…」
「は?」
桜は一瞬躊躇してから、ぎゅうと胸のあたりを掴んだ。
「視た記憶……二色しか、なかったんです。……それから…すごく、すごく、寂しくて…」
表情のない顔色がどんどんと悪くなっていく。蒼牙は無言で桜を引き寄せた。ぽんぽんと頭を撫でる。腕の中で桜が身体の力を抜いた。
深く、ゆっくりと呼吸をしながら、ふと、夜空を見上げる。
頭に閃いたのは、その二色に彩られた、色のない記憶。真っ白な、真っ白な綺麗な空間が、暗い『赤』と『黒』に侵食されていく。
自分がみる幼いころの夢と似ていたかもしれない。
ぼんやりと霞がかっていく意識の中で、桜はそんなことを思った。
fin.
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蒼牙も、精神年齢結構高いんですよね。
ふーむ…
うーむ
ふーむ×2
ふむ
確かに;
そもそも元々が…
ですね^^