引き戸を開けると、眼の前に勾配のきつい大きな階段が見えた。三つ子は思わず一歩引いて、庵を見上げる。どう見てもこの庵の高さでは、二階があるようには見えないし、この階段が収まるほどの幅もない。
三つ子はにんまりと一様に口を吊り上げた。やはり、何かある。
「な、いってみよう」
「うんいこう」
「早く入ろう入ろう」
声をなるべくひそめて中に入る。と、きゅ、と床に靴がついた。三人はしばし考えてから沓を脱ぐ。
階段はとても長かった。明かりなんてないから先の方はなにも見えない。大の大人ならば息を切らすであろう距離に、三つ子はけろっとしている。
半刻ほどのぼっただろうか。薄闇に慣れた視界にぼんやりと襖が現れる。
「今度は何も仕掛けがないな」
慎が確かめてそろそろと襖をあける。目の前に現れたものに、三つ子は小さく悲鳴をあげた。
「…な、なんだここ…?」
「俺達…のぼったよな…?」
「なんで庭が見えるんだ?」
こしょこしょ話していても仕方がない。すばやく中へ入って襖を閉める。そこには床と天井を繋ぐ大きな本棚がいくつもあった。おまけに見たこともない器具やがらくたが天高く積み上げられている。
奥には御簾が降りていて、その向こうに遣り水が流れる綺麗な庭が広がっている。
庭の美しさよりも、三つ子は分厚い本や、掌にのるほどの本がみっちりつまった本棚に目が惹かれた。すべて手書きで題名が記されている。
『古事記』、『龍脈図』、『山海経』、『和漢異形之書』…。外国の本もごまんとあるようだ。
「うひゃあ、これ、手帳だよ。なんかびっしり書き込んである」
凛がひとつを引っ張りだしてぱらぱらとめくる。革の表紙に、付箋がたくさんついたぼろぼろの手帳だ。だが書きこまれている文字は漢文。いまの沙羅ではあまり使うことがないから、学校でも少ししか習わないものだ。
ふと、賢が耳をそばだてる。足音だ。慎と凛に目くばせをして、本棚の隙間やがらくたの山の後ろへ隠れた。
いま三人が出てきた襖がすらりとひらき、緑がかった黒髪をもつ少年が現れる。
そのとき、凛があやうく叫びそうになったことに気づき賢と慎が両側から凛の口をふさいだ。
「すみません。隊長、いますか?」
「んー? いないー」
三人から少し離れたところで中性的な声がひびく。少年は息をついて歩みを進めた。会話がどんどん遠ざかっていく。
「いますね。局長から書類を預かってきたんですが…」
「ぇええ? なに、出張から帰ってきたばっかなのにあのハゲどういうつもりー?」
「印を押すだけのものです。急ぎらしいので…」
「ああー。はいはいはーい」
完全に会話している人物たちと距離が離れたことを確認すると三つ子は息をつく。
「いまの、時雨先輩じゃん?」
「それはっ、そうだけどっ、そんなことよりっ」
「あっ凛?!」
凛は興奮した様子で襖に駆け寄ってなるべく音をたてないように開いた。
慎と賢はそのままの体勢で固まった。襖の向こうは薄暗い階段が綺麗さっぱりなくなって、代わりに賑やかな人が行きかう長屋通りが見えていたのだ。頭に籠を載せて干物を売っている女性や、輿を担いでえっほえっほと通り過ぎていく男性がいる。
「すっげえええ」
「これ、都のどっか?」
「なんでなんで?」
興奮した様子で三つ子は顔を合わせる。不思議な入口にいわくありげな本、ここの主はどんな人なのだろう。
好奇心で煌めいた瞳で三つ子は視線を交わし、そろそろと会話が聞こえる方角へ向かう。
「それではお暇します。――ああそうだ。明日、銀の神殿の朝賀があるんですよ。それで…」
「あたし明日は盲腸になって寝込む予定だからパス」
「何言ってんですか。ちゃんと来てくださいよ」
「あーりーえーなーいー雲母(きらら)ちゃんなら分かってくれるていうかわかれ」
「…銀の巫女になんて口のきき方をしてるんですか」
「んべーだ。…それよりさあ」
ぶわっ。と三つ子が首に巻いているスカーフ(修学院の帯)がはためいた。かと思いきや、体が宙に浮く。
くるんと身体が反転した。
そうおもった瞬間に、眼前に不敵に笑う少女の顔が現れる。藍色の長い髪を一本の三つ編みにして(爆発に遭遇した後のようにぼさぼさだ)、時雨がよく使うものと同じヘンテコな眼鏡をかけている。横には時雨が目を瞠って立っていた。
「なーにやってんのかな? ずっこけ三人組もとい三つ子?」
「ここどこですかっ? 秘密の部屋っ国家重要機密の書庫?」
「禁書架?!」
「あなた魔道師ですかっ?」
どす。どす。どす。
「人の質問に質問で返すなズッコケ三つ子。ちなみにここはあたしの室兼研究室。あたしはただの研究好きなくの一だよ」
「慎、凛、賢、どうやってここに入ったんですか」
時雨が呆れた様子で聴いてくる。三つ子は顔を合わせた。
「西の杜の庵から」
「階段登って」
「そしたらここについた」
九重は眼鏡をとって、あくびをした。そして疲れた様子で時雨を見る。
「逢魔が時だから、結界が薄れたかな」
「でしょうね。あそこ、一番古い結界ですから」
「そ。そういえば時雨急いでるんではなかったかな?」
「えっうわやばい…っ! ええとこの三人…」
「大丈夫大丈夫」
時雨はぺこっとお辞儀をして、またあの扉に向かった。先ほどは気づかなかったが、引き戸のところに、やはりあの庵の場所と同じ細工がしてある。時雨はかちかちと右回りに回して、今度は人家の少ない場所に出て行った。
目をぱちぱちしている三つ子を見下ろして、九重が笑いかける。
「あたしは九重(このえ)。君たち、ミヅチが住める環境と泉守り探しに来たんだって?」
驚く三つ子に、蒼牙たちから聴いてるよ。ちなみにあのひとたちとはオトモダチ。と付け加えると三つ子はぽくっと手を打った。
「慎です」
「凛です」
「賢です」
「よろしくー。さー何から聞きたい?」
「え?」
「聞きたいことがたくさんあってうずうずしてるようにみえるんだけど?」
纏った白衣を脱いで、眼鏡もぽいっと投げ置いて、髪を結びなおしながら九重は言った。
いつのまにか用意された円座にちょこんとすわって、速攻に慎が身を乗り出す。
「あのドアなんですか? もしかして………っどこでもド」
「慎っそれ言っちゃ色々駄目だよっ」
「ああ。あれー? あたし、仕事いくつも持っててね、移動とかすごい面倒だから作ったの。どこでも行けるわけじゃないよ」
「…何個仕事持ってるんですか?」
「ええっと…いまんとこ5、6個かなあ?」
あぐらをかいて指を折りおり答えると三つ子がぽかんと口をあけた。
「…お金に困ってるんですか?」
賢が深刻そうに聞くと、九重はぱちくりと瞬きしてから笑い飛ばした。
「いやいやいや。そうじゃなくてね。不可抗力みたいなもんでね」
「学校通いながらじゃ大変じゃありませんか?」
「あたし、卒業してるもん」
「うぇえっ!?」
三つ子は目玉をひんむく。修学院の卒業年齢は外部、夜間、留学生は置いといて大体は二十歳前後。学年が上がるごとに難しい進級試験がある。その中で飛び級することは…かなり果てしなく過酷なものだ。
「修学院はね、実力と意志がありゃ飛び級許可してくれんの。まあほとんどの子はふつーに同級生と遊んでるけどねー」
茶請けの饅頭をぽいっと口に放り込んでこともなげに言う。
「ここにある書物やがらくたって…」
「ああ気になった? ほとんど書き写しなんだけどね。他に外国で出張するついでに本買ったりすんの。あとがらくた…ってがらくた言うな。は、実験器具がほとんど」
「…さっき忍びって言ってましたよね? 学者さんも…お仕事なんですか?」
「えー、うんまあそうだといえばそうかも。言ったじゃんー複雑なんだって忍びが本業のはずなんだけど、こうして御所にお部屋持ってるしねえ…」
「…ごしょ?」
「御所」
「…って後宮の?」
「そこ以外にどこがあるの賢ちゃん」
「お部屋持ってるってことは、内裏で働いてるってこと?」
「ああ、うん。女一の宮さまの傍付き」
「……おんないちのみやさまって…」
「巫女姫の、桜さま」
「「「ぇえええええええっ!!」」」
イドラのみんな。
どーやらすっごくとんでもないところに来ちゃったみたいです。
3つ子ども……