……ふう。なんか終わりが見えてきましたね。よしよし。たぶんあと2話で終わります。10話完結ですね。
次のクーデター編のタイトルが(仮決定段階ですが)決まりました。
「冥夜の光をたどりゆけ」です。これも10話で終わらせたい…。
「オン、アビラウンケンシャラクタン!!!」
「風花爪!!!」
強い風がまきおこり、何かが粉砕した音が響いた。暗かった部屋に光が戻り、引いていく闇とともにカシュナの姿も消える。
まだ震える体を押し込んで、袷をかき抱きながら起き上る。それと同時に九重と悠は寝所に肩で息をしながら入ってきた。
九重の手には筆架叉、悠の手には薙刀が握られている。
「桜ッ」
「…、あ……」
ふう、と身体の力が緩む。悠が桜の姿に息をのむ。だがすぐに薙刀を置いて顔を真っ青にしながら震えている桜を抱きしめた。
「遅くなって、ごめん。ごめん…ほんとうに…」
「…、く…っ」
ぼろぼろと頬に涙が伝う。体中に残された忌まわしい痕や感覚を消し去ってしまいたい。
「そうが…くん…っそうがくん、そうがくん…っ」
悠にすがりつきながら、桜は悲鳴交じりに叫んだ。ただひとりのひとを。
名を呼んでもらいたい。
抱きしめてもらいたい。
声を聞きたい。
がくり、と桜は気を失った。
九重は乱れた褥に転がっている藁の傀儡を拾い上げた。降魔術の流れをくむものだ。
それから侍女の顔を乱暴に検分する。
「………内裏の女官じゃないよね」
「だけど、内裏に入ってこられるってことは」
褥を整えて、桜を横たえてその手をそっと握りながら悠が返す。
「うん。どっかの大公夫人のお付とかだとおもう。でも、式を送った後舌をかみきるように暗示かけたみたい」
悠がその言葉にあらためて女官の顔を見ると、なるほどすでに事切れている。
「悠、あと頼める? 吉野殿と帝、春宮が来るだろうから」
「ああ…。どこいくんだ?」
「これの処理。それから、時雨んとこに。円舞、霧風」
侍女をやや乱暴に肩に担ぎ、九重は桜の宮から姿を消した。屋根をわたり、御所の渡殿を見はるかす。予想通りというか、内裏の奥―後宮への道を急ぐ三つの影が見えた。
ため息をひとつ吐く。そしてきょろりと辺りを見回した。駒場のある春宮坊の森なら人目を避けるのに十分だ。
「天つ風、若木の路を導いて」
さすがに男三人を運ぶのは面倒くさい。それに、あちらも相当の霊力を持っているから破られかねない。ここはもう誰も逆らうことのできない風の神に頼むことにした。
男三人の姿がけし飛んだのを見送って、九重は屋根を蹴った。
◇ ◇ ◇
神意による風は、かなりあらっぽかったらしい。九重がその場所に行くと、蒼牙、新、時雨は大きな杉の木の枝にひっかかっていた。
「っおらーっやっぱてめえだな九重ーっ」
「隊長! なんで俺まで巻き込むんですか!」
じたばたもがいている二人とは対照的に蒼牙はもくもくと枝にひっかかった衣をほどき、身軽に地上に降りてきた。
「はーい。おちびちゃんをみならってはやくおりてきてくださーい状況説明しまーす。三秒以内に降りてこないと、ルンルンの魔弾ぶっぱなしまーす」
そういって九重は懐から小ぶりの拳銃をとりだした。入っているのは魔弾ではなくただの弾だが。南のほうに出張へ行った時、面白半分で買ったファッションアイテムだ。
「なんでそれてめえもってんの?!」
「乙女の秘密☆ キャハッ」
「キャハッじゃありませんッ」
「はーい。1」
ガン。ガン。
どごっどごっとそれはもう容赦のない音をたてて新と時雨が地面に沈む。
「…三秒って言ってなかったっけ?」
「うるさいから。一秒でいいやって、かえた」
「…」
蒼牙の胡乱な視線が、九重が抱えてきた女官の亡骸にうつる。
「お姫の宮に、カシュナが式を放って、魂魄を飛ばしてきた」
「ッな…」
「お姫を手籠めにしようとしてた。だけど、未遂だからとりあえず殺気はおさめてね」
立ち上る冷たい霊気に背中が凍る面持ちがする。蒼牙は深く息をついて己を鎮めた。だがやはり放出される霊気に肌に触れる空気がぴりぴりと痛い。
「てめえら、なにやってたんだよ。自分たちにまかせてとかいっといて…」
「うん。ごめんなさい。…お叱りはあとで十分うけるから、ちょっと話聞いて。式は外の結界を通らずに中からかけられた。だから私たちも気づくのが遅れたの」
懐から傀儡を取り出して三人に見えるように掲げる。
「中から…?」
「見舞いの品として、これを届けた。そこをたどればクロキアの間者がいる」
「見舞いの品は、全部調べられてるはずじゃ…」
「皇族や主上、春宮の名で来たものは?」
そこで三人が口をつぐんだ。蒼牙が眉間のしわを深くして応えた。
「…調べない」
「どうやら、大公のおっさんの中に、本気でお姫を邪魔に思ってるやつがいるみたいね」
くるくると薄く平べったい輪の中央に指をいれてをまわしながら九重は凍てついた表情を浮かべた。この輪、外側は刃になっている立派な暗器だ。
「たとえば、戦があるとする。帝が軍を率いて、相当の手垂れもつれていく。からっぽになった都に残るのは安全を約束された皇族のはすっぱ」
「そのはすっぱのなかに、間者がひそんでいる」
時雨が言葉を結んだ。九重は頷く。現に今この国はそれがいつ起きても不思議ではないのだ。
「そ。いつでもどこでも手だしできるってわけ。どうする? 蒼牙」
「…」
「都にあんたは残れない。結界を張っておく? 護りの宝珠を授ける?」
九重の挑戦するような視線を鋭利な瞳で受け止めて、蒼牙は目を細めた。沈黙が長く続く。
九重は息をついて新を見た。
「時にあらたん。先日年が明けましたが、飛馬(ひめ)始めはちゃんとやりましたか?」
「は…? あ、ああ」
「草十郎は元気?」
「おう。新年早々飼葉5頭分食べたぜ」
「そっか。それはよかった。西の崖から紐なしバンジーやってこい猿」
「はああっ?!」
ざわり、と森が揺れた。ハッと蒼牙が黒曜石の瞳を見開く。
脳裏で古い冊子が浮かび上がる。古来よりつたわるもっとも強い護り。
九重は蒼牙から視線を外し、時雨を見た。
「時雨、そこの女官誰か調べて」
「え?」
「時雨、記憶力だけは抜群に良かったでしょ」
時雨は一度見たモノ聞いたモノは絶対に忘れない。それから、皇族の人物関係や家系図まですべて頭に入っているのだ。
「…だけって、そこだけ強調しないでください…」
時雨はむくれて、亡骸の髪をかきあげて記憶を探った。
「…永夏大公夫人…のお付かと」
「そ。じゃ、お返ししなくちゃね。宣戦布告として」
「でも証拠がないですよね…。しらばっくられたら終わりだし」
「んなの現場とり押えればいいのよ」
にや、と口端を持ち上げて、九重は腰にさしている2本の筆架叉のうち一本を抜いた。
亡骸の上で一閃が迸る。
その瞬間亡骸はあとかたもなく消えうせた。
fin.
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