「私の護衛官のソウガ=ワダツミです。海軍中尉の任もつとめています」
そういって巫女姫が淡く微笑む。異国の騎士は黒の髪、黒の瞳を持ち相変わらずの無愛想でもって目礼する。少し眼光が鋭すぎるような気もするが、綺麗な顔立ちで、まだ14、5くらいの子どもだ。
「…で、あなたはシュアラのエドのガールフレンド?」
エルザはぷいっと顔を横に背けた。
「………………は?」
ひくっと蒼牙が口をひきつらせ、エドモンドに至ってはのもうとしていたお茶を吹き出した。
変なところに入ったのか背中を丸めて激しくせきこんでいる。
(いい気味よ! ガールフレンドに会いたいなら会いたいって言えばいいのに!)
「エドってこういうこがタイプだったのね」
「ごほっげほっ、ちょっ、まっ…」
つーん、と顔をそらしたエルザの肩を掴んで、エドモンドが何かを言おうとするが、かわいそうな位せき込んでいる。
その中で、一人平然と座っていた巫女姫が口を開いた。
「蒼牙くん……女の子だったんですか?」
「違う」
巫女姫は袖で口元を隠して小首を傾げると、蒼牙が一刀両断する。
「こっげほっ、こいつは男だって!」
「……Ich bin ein Junge!」
やっと呼吸を整えたエドモンドががなりたてる。蒼牙はぶっすう、とした表情のままエルザを見ている。
「えええっお、男の子?! こんなにちっちゃくてほそくて可愛い顔してるのに!?」
『んだとこら』
『蒼牙さん、駄目ですよ』
青筋を立てて、鞘を鳴らした蒼牙(♂)を巫女姫がやんわり押しとどめる。
エルザはなんだか信じられなくて、ぱちぱちと蒼牙と巫女姫の二人を見比べる。
「……だって…巫女姫の傍付きが男で良いの?」
思ったままを言うと、蒼牙と巫女姫が顔を合わせる。
巫女と言うのは穢れなき乙女で、その長たる巫女姫が男を従者にしているのはイメージダウンにつながるのではないか。もっともな疑問である。
巫女姫はぱちぱちとまばたきをして、おっとり微笑んだ。
「海神の家の男子は代々巫女姫を守る役目を継いできました。…それだけじゃなく、中尉は剣の腕に秀で、将にもおとりません。……国で、彼に敵う武人はそう、いないんですよ?」
最後の方は、少し寂しそうな声色だった。
「へえっ。じゃあ、ずーっとソーガは桜ちゃんを守ってきたのっ? 素敵っおとぎ話みたいっ」
瞳をきらきらと輝かせたエルザに蒼牙が思わず噴き出す。
「さすがにちびの頃は、俺と姫の姉貴みたいな人が護衛官についてました」
「あ、女の人もなれるのね! なんだかかっこいいわ」
「ええ。とても強い女性でした」
「ど」
「ゴホンッあーゴホッ」
「なによエディ。風邪?」
話を邪魔されてエルザは煩わしそうに幼馴染を見た。その視線がなにあんたいたのと言ってくるがエドモンドは無視する。
「ええと、脱線したけど…蒼牙、これについてるイヤリングは…」
これとかなによーっ。ときゃんきゃんわめく声が聞こえるが、気にしない。蒼牙が、ああ、と思いだしたようにエルザを見る。
「ふうん」
す、と蒼牙が巫女姫に目配せをした。巫女姫は浅く頷くと、二人に向き合う。
「少し、準備をしたいので…しばらく控えの間で待っていただいても?」
ここはいわゆる居間で、小さなダンスホールくらいの広さだ。部屋の奥にある扉から、姫の寝室に繋がり、反対側にまたいくつか扉があった。それぞれ、控えの間や、巫女姫の来国に備えてあつらえた書庫などに通じるものだ。
「あ、そうですねわかりました。何か手伝うことは?」
「エドは、すぐ壺とか割るから駄目。邪魔」
うぐ、とエドモンドが声を詰まらせた。そういえばエドモンドは公子ながらも掃除やら、何かの準備やらを自主的にするけれど、はっきりいってそのへんの才能は皆無である。
留学しても治らなかったんだ。とエルザは噴きだすのを必死にこらえた。こらえたけれども控えの間に移った途端、頭をはたかれた。
「いったい! なにすんのよ馬鹿!」
「笑うのこらえてただろう? エル―?」
「なによ。こらえたからいいじゃないの。大笑いしてほしかった? そんな下品なことしないわ」
エルザはひらひら手を振りながら、芸術の街ヴィネシアから取り寄せたウォルナット製のソファーに勢いよく座る。母のテレーゼ王妃は今、小花柄の調度品に凝っているので、今回の園遊会に合わせて国賓の間のソファを小花柄にするのだと張り切っていた。
「あら。……ここは、Cherry blühtだわ。さすがお母様ね」
母のさりげない気配りに嬉しくなって自然に口元がほころぶ。
「……ねえ、エディ。わたし、聞いちゃいけないことでも言っちゃったのかしら」
「え?」
「さっき。護衛のことで質問したでしょう。…なんとなくあの二人の雰囲気も…こう、哀しいものになったっていうか…」
ふう。とため息をついて、エドモンドを見つめる。サイアンブルーの瞳がじっと見返してくる。ぱっと視線をそらして、呟く。
「……エディ、とめてくれたんでしょう。分かるわ。そのくらい」
「………エルザは、シュアラで…戦争があったのは覚えてる?」
「覚えてるわ。エドがさんざん私たちに心配かけたこともね」
シュアラと、その隣国、クロキアは数百年前から小さな諍いを繰り返していた。それが6年前に急激に規模が拡大したのだ。当時エドモンドはシュアラに留学していて、帰ってこいという公爵の言葉に耳を貸さずに残ろうとしたので、エルザの父フェルディナント王が部下を派遣して連れ戻すと言うことがあった。クラウス家はエルザの祖母の実家で、国王家との繋がりは深い。その家を継ぐエドモンドに何かあったら一大事だからだ。
そんなことも分からないのかと、11歳のエドモンドはクラウス公爵とまだ存命だったエルザの祖母に烈火のごとく叱られていた。
「戦争が収束に向かったって知らせが着た途端、家出みたいにいなくなるんですもの。あのときのおじさまの顔、忘れられないわ」
「…僕だけ逃げてるみたいで嫌だったんだよ」
「? だって、エドは関係ないじゃない。危なかったら逃げるのは当たり前よ。家族を心配させるのはお利口なことじゃないわ」
きょとん、とするエルザの髪を撫でて、エドモンドはそうだね、とひどく静かな声で応じた。
「…さっき、巫女姫さまの前護衛官は女性だったって話しただろう。…そのひとも、軍人だった」
「ええ。……あ…」
そこまで言われて、エルザがエドモンドの顔を見上げる。
エドモンドは静かに頷いた。
「……戦死したんだよ。…遺体さえ、帰ってこなかったらしい」
絶句しているエルザに、戦場では珍しいことじゃないよと返し、エドモンドは続けた。
「僕は見たことがないけれど、巫女姫さまも蒼牙もとても懐いていた。二人とも家柄が家柄だ。エルザだって、分かるだろう。――特に、桜姫は」
皇族、王族というものは、華やかにみえながら自由を束縛されるきらいがある。また、王族だから。ただそれだけで寄ってくる人間はごまんといても、本当の意味で親しい人はごくわずかだ。
そうしてできた友とだって、身分を気にしない人間なんてそういない。パールがいい例だ。パールはエルザを王女としてではなく一人の女の子として、また友として見てくれているが、決して慇懃な態度は崩れないのだ。それが時たまとてもとても寂しいことのように思えて仕方がなかった。
そんな人がもし、いなくなったら。
「……わたし、…辛いこと思い出させちゃったわよね…」
「エルザがそんな顔することじゃないけどさ、その件についてはあまり聞こうとしないほうがいいかもしれない」
ぽん、と肩を叩かれてエルザは頷く。そうして、深呼吸して背筋を伸ばした。
かわいそうねと同情して嘆くのは違う気がする。だって自分は知らないのだから。知ったふりをしてわかったようなふりをすることが、エルザは嫌いだ。
そういうと、エドモンドが目を丸くして、それから柔らかく微笑んだ。
彼女生来の明るい気性は無敵以外の何物でもなかった。
コン、とノックの音が響く。
蒼牙が入ってきて、頭を下げた。
「お待たせしました。どうぞ」
「任せたわ! チビクロっ」
「ちびってなんだ!」
エドモンドががくりと肩を落としたのはいうまでもない。
Fortsetzung folgt.