エドモンドはエルザの腕をぐいぐいと引っ張って城に急ぐ。
ちっとも離さないエドモンドに辟易しつつ辺りを見回した。
途中で、聖堂の前を通り過ぎる。その時、磨き上げられた丸窓に目がとまる。
ガラスに映った女の子の顔はちょっとこわばってる。青銀の髪の筋のなかで何かが金色に輝いた。
耳たぶで揺れる琥珀の石だ。
とても綺麗。…だけど外れないのは不思議ね。何かの魔法をかけられたのは間違いないわ。だってあのひとは魔法使いだものね。
ためしにもう一度留め具に触れてみるけど…。やっぱり駄目。外れない。
だけど、外れてしまうと、あの魔法使いに会うチャンスもなくなっちゃうかもしれない。それはとっても嫌。
だって、私の思い描く魔法使いのように杖をもってマントをはおっていた。
シュアラの術師だっているけれど、めったに会わないし、ゴーストを追っ払うエクソシストみたいなものだってガルズが言ってたわ。やっぱり魔法使いとは違うのよ。………だって杖持ってないもの!
エドモンドはよほど急いでいるのか、すぐそばの城壁の隠し扉から城内に入った。うねうねと曲がった階段を黙々と登る。エルザが、「ねえっ」「はなしてってば!」と吠えてもまったく聞く耳をもたない。
(なによ。おせっかいやの馬鹿エド!)
頬を膨らませていると、突然首根っこをつかまれて、ぽいっと投げ捨てられた。上等な絨毯が、ぼふんっと音を立ててエルザを受け止める。それなりに痛い。
子犬を放り投げるような扱いに、エルザのこめかみに青筋が浮かぶ。
「エドモンド! なにすんのよ!!」
「……静かにしてくれ」
「無理よ無理無理ぜったいむーりーーっ!」
痛む節々をさすりながら立ち上がろうとして、エルザはぎくりと身体をこわばらせた。
冥く光る眼(まなこ)がこちらを見ている。
薄暗い闇色に包まれた廊下の壁際に、人影がある。こちらを覗きこむようにわずかに首をかしげて、微動だにしない。
「え、えど…っ」
咄嗟に、横に立っているエドのマントを掴む。エドモンドが驚いたように振りむいた。そして細かく震えているエルザに気付いてその視線の先を鋭く追った。
だが、すぐに肩をすくめる。
「…エリーゼの像がどうかした? 君のご先祖さまだよ」
エルザは、その言葉にへ。と間抜けな声を漏らして、薄闇を見つめ返した。
椅子に腰かけた女性が、こちらに微笑みかけている。その表情をはじめとして、髪のウェーブや服の皺は本物と見間違えるほど、リアルである。大理石でできていなければ生きている人間といっても通じるくらいだ。額にかかげた冠には星がひとつ。エルザの目にとまったのはガラスでできた両の眼だった。
なるほど先ほど目があったのは心を宿さないガラスの瞳。不気味に見えてしまったのも当然だろう。
すとんと納得すると、恐怖はたちまち消え去ってしまった。
「……なあんだ……」
「行くよ。早く」
「…て、あれ。ちょっとエドっすとっぷすとっぷっ」
今度はなんだとエドモンドが眉をひそめると、エルザは目を吊り上げた。
「なにやってるのよ。ここ、国賓室の塔じゃないっ! 諸侯や同盟国の国王の名代の方がいらしてるところなの!」
「…信用できる術師が来てるから、そいつにみてもらうんだよ」
「だ、か、ら! シュアラの術師は西塔だから正反対…ってエディー!聞きなさいよーっ」
がなり立てても、エドモンドは黙して語らない。つまり無視。エルザは父王へどう説明しようかと頭を抱えた。
ああ……私、すごくすごく悪い子ね。お父様許してくださるかしら。三時のおやつ抜きだけは勘弁してもらいたいわ。
「でも、ぜんぶエドが悪いのよぅっへぶっ」
突然エドモンドが立ち止まる。気付かなかったエルザは勢いよくぶつかった。
「い、たぁ…」
思わず背中を丸めてしまう。自然と中腰になった視界の先に、黒髪の子どもが立っていた。
(わ、すごい美少女…)
あっけにとられているエルザに少女が気付く。ふと、漆黒の瞳が不機嫌そうに細められる。袖の長い服を纏った彼女は、エルザを一瞬見つめた後、何事もなかったようにエドに視線を向けた。(失礼なちびっこね!)
『……よう』
『蒼牙、急にごめん。あのさ……』
2人はカルミノ語ではない言葉でなにかを話し始めた。なんとなく発音からして東方の言語だろうとあたりをつける。
まるで仲間外れな心持ちになって、エルザはおもしろくないと頬を膨らませる。
エドモンドがそんなエルザの様子に気づき、深く嘆息した。
東の騎士は肩をすくめて、閉められた扉の取っ手に手をかけた。
「…どうぞ」
キイイと古い扉が細く嘶く。
薄暗い廊下から、日の光に満ちた室内へ。不意に視界が明るくなって目がくらんだ。部屋の中が曇って見渡せない…と思ってよく見たら、それはカーテンを窓枠ごと外して小さくしたような家具が部屋を区切るように配置されているからだった。その布は柔らかいミルク色。ひらひらとはためくたびに、蝶の模様が舞った。
ひるがえった布の先に、少女がいた。窓の近くに置かれた長椅子の上で、まくっていたのであろう己の袖をそっと元に戻している。
蒼牙が無言で扉を閉める。エドモンドはエルザの手を引っ張って奥へと進んだ。
巫女姫は淡く微笑んでたっぷりとある袖の先をもちあげる。
「座ったままで申し訳ありません。どうぞこちらへかけてくださいませ」
しめされた先には、テーブル。取っ手もソーサーもない、丸っこい食器――カルミノでは珍しい、シュアラの茶器が並べられていた。
茶器は淹れたてのお茶がほこほこと湯気をのぼらせている。
まるで、客人を待っていたかのように。
「殿下?」
「あ、突然ごめんなさい! ……怪我をしたの?」
先ほど桜が袖を戻すときに、ちらりと見えた白い包帯。部屋にかすかに残る薬の匂い。どこかで傷でも負ったのかとエルザが問いかける。
桜はゆっくりと瞬きをしてから、ぼんやりと笑う。シュアラ人特有の黒い髪が肩先で揺れた。
「…ああ…、大したことはないのです。それよりも、殿下、エドモンド公子。なにか要件があったのでは?」
「あ! そうだった! あのね、実はわたし魔法使いにあっ…」
エルザの声を遮るようにエドモンドが動いた。腕をつかまれて、拘束される。とてもレディーへの扱いとは思えない。
「…異国の魔術師に呪いをかけられました」
巫女姫の顔つきがすっと厳しいものになる。
「中尉」
「…は」
渋々といった体で蒼牙が壁に預けていた身体を離す。
(そんな嫌そうな顔しなくたって!)
Fortsetzung folgt.