九重のお話。ちょっと重め…?
副題:彼女が彼女である所以。
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――殺していい命など、ひとつもない。だが、殺さねばならぬ命はある。
相手を一撃で仕留める技、術のほかにならったものといえば、その言葉のみ。
父は多くを語らない。そのため、九重には、その言葉の意味がどうしてもわからなかった。
いつか意味を教えてくれるだろう、と記憶の片隅に追いやってすぐのちに、父は九重の手で逝った。謀反の咎をうけた大罪人として。
◇ ◇
既に男の頸動脈に深々と突き刺さったクナイを抜き取る。拍子に大量の血が噴き出した。
九重の頬にぴっと朱が走る。
むせかえるような血のにおい。初めのころは胸がむかついて仕方がなかった。幾日も吐いて、何も食べられなかった。
だが時とは偉大なものだと思う。周りに人間だった残骸が転がり、内腑がえぐりだされてそこらじゅうに飛散しているというのに、こうして平然と立っていられるのだから。
顔の半分を覆い隠す防毒面のずれをなおしていると、九重の後ろに15ばかりの少年が降り立った。見に纏うのは風雅忍軍の装束である。
「時雨」
「…我が隊に死者はいません。屋敷にいる陽炎の忍はすべて粛清いたしました」
風雅と陽炎。ともに忍びの一族。お互いに私怨はないが、シュアラ一の殺傷能力を誇る風雅と互角に戦えるのは陽炎忍軍くらいだ。自然と敵の用心棒に陽炎がいることはもはや必至事項になっている。
「ん。…それから、この屋敷の者は?」
「は。家人はすべて捕縛。この男の妻は自害しました」
「そう。……時雨」
「は…っ、?!」
九重は素早くかがみこんで時雨を蹴りあげる。構えも何もしていなかった時雨の身体は見事に吹っ飛んで、ふすまを突き破る。
ごほっと時雨はせきこんだ。あばらを思いっきりためらいもなく蹴られた。魁(さきがけ)と組の中で畏怖されるくのいちは部下に対して情けも容赦もあったもんじゃない。
理不尽な行いに憤慨して身を起こそうとすると、キン、と刃と刃がぶつかる音が耳朶に触れる。ハッと時雨は懐のクナイに手を伸ばした。
「手を出すなっ時雨!」
時雨は目を瞠った。九重と対峙しているのはまだ年端もいかぬ男児。小さな手には不似合いな長い太刀。九重は忍刀で不意の一閃を防いだのだ。
もともと押し入れの中に気配は感じていた。おとなしくしていればいいものを。九重はちっと舌打ちをする。
「…ちち、うえを……ちちうえをかえせっ!」
「……仇討か? 小僧」
「万福丸だッ! 父上の仇…」
冷笑を浮かべた九重はすっと刀を握る力を緩めた。つばぜり合いに持ち込もうとして、万感の力をこめていた万福丸の身体がくず折れる。
手首をひねりあげて、床に蹴落とした。じたばたと暴れる手足はそのままに、万福丸の胸のあたりを足で押さえつける。
ぐぁっと苦しそうな声が万福丸から漏れた。その細い首に切っ先をむけると、先ほどの威勢は消え失せ、脅えにいろどられた顔になる。
「…隊長…。あの…」
「時雨。他の者をまとめ、先に奉行所へ行け」
感情のない声音は低く、一瞬男と聞き間違えるほどだ。時雨はぐ、と息をのんでから踵を返す。
「……どうして出てきちゃったのかな。万福丸殿?」
「…っ」
「おとなしく押し入れの中に入っていればよかったのに。そうすれば流刑先でお経を唱えながら生きられたかもしれない」
万福丸は一所懸命に九重の足をどけようとした。白くて細い足なのに、びくともしない。逆に押しつぶす力が強くなっていく。
「ふ、ぐ…っそんなつもりないくせにっ、ひとごろしっひとごろしっ!!」
「――そう。あたしはそんなつもりはない。流刑云々は主上の決めたこと。
…万福丸殿も史記を習ったでしょう。そのなかで、殺された武将の子が仇を討つ、それを考えるのは当たり前。いまのあなたのようにね」
「ーっ」
刃の切っ先が肌に食い込む。万福丸の顔が恐怖にひきつった。九重はこれ以上言葉を交わす気はなかった。一度忍刀を喉もとから離し、思いきり振りあげる。
幼子の悲鳴が、夜闇に融けて、消えた。
懐紙で刃を清め、九重は地を蹴った。同時に風が巻き起こり、彼女の身体をとりまいて、九重ごと消える。
火の気配のついえた部屋で、小さな躯を抱く者は、誰もいない。
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ダーク九重。うん。本気モードがちょっと書けてホッとしました。
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