エルザは今日出会った貴族や外国の王族、それから武官の青年たちのことをおもしろおかしくサクラに話していた。
曰く。
ファッションセンスが終わっている。口説きの文句がくどい。会うたびにウインクを投げかけ髪をなびかせる。
フェンシング自慢の麗しき侯爵子息を腕相撲で打ち負かしてしまったら泣きながら去って行ってしまった。
パールに言わせれば、「殿方をたてることも時には必要ですよ」とのこと。
「まっぴらだわ。だって、どこを褒めろというの? そのショッキングピンクのタイツ素敵ね。目が悪くなりそうだわ。とでも? いまどきタイツはないでしょタイツは。しかもパンプキンパンツ。クラシックパンツのほうがよっぽどストイックだわ」
エルザの薔薇色の唇からこぼれ出る〝批評〟に、サクラはその方々に悪いと思いながらもこらえきれずに声を出して笑った。
エルザもお腹を抱えて笑う。出会ってまだ日が浅いものの、サクラの本当に笑った顔が見たいとぼんやり考えていた。もちろん、いつも浮かべてるほほ笑みも美しいけれど、どこか憂いがとれないところがナンセンス。
だからエルザにきそいあって求婚する殿方をネタにさせて頂いた。サクラ付きの護衛ソウガは、思いがけずエルザの幼馴染と学友で、これ幸いと追い出した。
女の子だけのティータイム。美味しいお茶に甘いお菓子におしゃべり。男の子がいるのは無粋以外の何物でもない。
最初に部屋を訪れた時より肩の力をぬいている桜の姿に嬉しさを噛みしめながら、エルザは身を乗り出す。
「ねえ。今度は、サクラちゃんのお話が聞きたいわ」
「わたしの…?」
「シュアラの…そうねえ…一番好きなラブストーリーはある?」
サクラは小首を傾げてから、ぱちぱちと瞬きをする。
エルザのわくわくした表情を見ながら、頭の中でペラペラとカルミノ語録をめくる。
(すとーりーは物語。らぶ…は愛)
なるほど。とぽくっと手を打つ。エルザは身を乗り出した。
一拍。二拍。三拍…。
「私の好きな恋の童話ですか?」
ちーん。
がくっと肩が落ちてたてていた肘がバランスを崩した。桜はきょとんとしている。
エルザはすぐに姿勢を正して。そうそうそれっと先を促した。
するとサクラはしばらく(お茶を五回は淹れかえられそうなほど)考えてから、ぽむっと両手をうちあわせた。
「紫野物語です」
「ムラサキノ?」
こくっと桜は頷いて、カップを口に運んだ。どうもシュアラとカルミノでは食器の大きさ(もちろん形)が違うらしく、エルザが小さいころ使っていたカップでも桜はちいさなふたつの手で持っている。
「シュアラ王宮の奥に、染料につかう草花を育てる場所があって、そこを私たちは〝紫野(むらさきの)〟と呼んでいるんです。春夏秋冬それぞれに違う花が咲くんですよ」
いま、私が纏っているお着物は〝春〟に紫野に咲く花のひとつ「紅葵」を使ったものなんです。
そう言って、桜がスカートの裾をつまんで、ふんわり笑う。薄紅からだんだんと下に行くにつれて濃き赤になる布で、ふわりひらりと舞うたびに刺繍された黄色の花や緑の鳥が慎ましやかに飛び交っている。
「へえ…。シュアラから献上されるシルクの生地、私好きよ。触り心地も色合いもとっても素敵」
その生地で仕立てたドレスは式典などの大切な行事で着ることが多い。父も母も同様だ。
「ありがとうございます」
「いつか、見てみたいわ。うつくしい場所なんでしょうね…。それで、その素敵な場所が舞台のおとぎ話はどんなものなのかしら?」
「いいえ。そこが舞台なわけじゃないんですよ?」
「え?」
桜はふわっと花咲き綻ぶように微笑んで桜色の唇を開く。
「今は昔のことなれど、いずれかの帝の御代にひとりの姫宮さまがおられました。姫宮さまは後宮で、大変大切に育てられておりました。
その姫宮は〝紫野〟がお気に入りで、この世にここまで艶やかなるものはないと毎日歌を詠んでは紫野を愛でていました。
ある日、内裏のお庭を警護していた若い男は武器をそこらへ放り投げ、『シノへ帰りたい。あそこほど綺麗で、楽しい場所はない。春は花と酒で人も鳥も酔う。夏は平野で馬と戯れ大きな水場で汗を流す。秋は山々が競うように鮮やかに彩り踊る。冬は一転して静か、小さなくしゃみでさえ雪に消える』と呟きました。
そこをちょうど通りかかった姫宮は男の話に興味を持ち、『これそこな者、もっとそなたの故郷のことを詳しく教えておくれ』
姫宮にとって紫野以外に美しい場所など、考えられなかったのです。三日続けて、姫宮は男の話を聞いていました。
最初は胡乱げに聞いていた姫宮でしたが、やがてはそのようなことすっかり忘れて、『そこへわたくしを連れて参れ。この目で見てみたい』とお願いしました。
若い男はもちろん驚いて必死に姫宮を説得しました。帝の娘を故郷へ連れていくなどと男の身分では極刑をくだされても何の疑問ももてない重罪です。
けれど姫宮は粘りに粘って、とうとう男が根負けしました。これも宿世(前世からの縁)だろうということで。
七日七晩、姫宮と男は東の地、シノを目指して歩き通しました。帝からさしむけられた追手に捕まるわけにはいかなかったからです。
途中で橋を壊したり、険しい山にわけいったり。辛い道のりでしたが姫宮はシノの地を胸に抱いて弱音を吐くことはなく、男はそんな姫宮を愛しく思い始めていました。
そしてようやくついたシノの地で、2人は夫婦となりました。しばらくは平和に暮らしていましたが、やはり朝廷からの追手から逃れられることはなく、姫宮は勅使と会わなければならないことに。
都に帰ってしまうのではないかと不安に思う夫の腕をしっかりととって、姫宮は勅使にこう言い放ちました。
『わたくしはこの土地が住みよい。子子孫孫までこの土地に住むことを望む。これは天から賜いし宿命(さだめ)。父帝がそれを罰するというのなら、わたくしは不幸になるでしょう』
姫宮のかたくなな様子に、勅使はとうとう折れて、都へ帰っていきました。帝は姫宮のことを案じておりましたが、宿命ならば仕方がないと、姫宮の夫に、姓を与え、東(あづま)の地を治める役目につかせました。
姫宮と男は生涯シノの地で賑やかな人生を送りました。おしまい」
「気の強いお姫様ねえ…」
呆気にとられているエルザに微笑みを返して、桜は窓の向こうの空に視線を投じた。
「…作られた自然ではなく、ありのままの自然に、心奪われたのでしょうね」
「え?」
「ありのままの自然の中で、ありのままの自分でいたい。そう確信して、きっぱりと使いの者を送りかえした毅然としたこの姫宮が、大好きなんです」
なにものにも縛られずに自由に飛び立ち、しっかりと自分の足で立ち、自分の生き方を見出す。
同じ「姫宮」でも自分とはまったく違う、そんなところに強く惹かれるのだ。
「ふうん。そうなの……、てあれ」
「はい?」
「ねえ、どうして紫野(むらさきの)物語なの? どちらかというと、若者の故郷の方が出張ってる感じじゃない」
「ああ、それは…」
サクラは羊皮紙を貰い、羽ペンでさらさらと文字を書いた。
〝 紫 野 〟
「?」
「これで、ムラサキノ、とも、シノ、とも読むんです。若者の故郷の名も紫野だったんですよ」
「なあるほどお…」
シュアラの大和詞は難しい。とキックリが言っていた。語学に興味のある父も大和詞だけは理解できないとよく嘆いている。
その言葉を、すんなり理解して話しているエドモンドはやはり秀才なんだなあ、とエルザはなぜかほんのすこし寂しくなった。
fin.
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モデルは「竹芝伝説」大好きな古典です^^v
合掌ww
かぼちゃパンツにピンクのタイツ……
るーちゃww