王宮の鏡の間。メイドや執事たちがせわしなく行きかうその部屋には、各国からよせられた祝いの品が美しく並べられていた。
本来なら、玉座の間で各国の名代が自国からのプレゼントを並べ、うやうやしく国王、王妃、王女に説明するものなのだが、エルザは内緒でこっそりと隠し扉から鏡の間に入って、柱からのぞいていた。
「まあっすごいわっ」
エルザはうっとりとため息をつく。
見たこともないような首飾りに、扇、不思議な色で見る者を虜にする宝石たちはガラスのケースに並べられ、エルザお気に入りのデザイナーヴェル夫人が仕立てたと思われるドレスが数十枚も壁でひらひらと揺れている。
全部着られるかしら、困っちゃうわ。
無意識にそう呟いてから、くすくすと笑う。
エルザは一番ちかくにあるドレスに手を伸ばそうとしたが、それは後ろからものすごい力で肩を引き寄せた何者かに阻まれた。
文句を言う前に口をふさがれて、入ってきた隠し扉の向こうに引きずられる。
「んーっんーっ!?」
腹が立ってじたばた身体を動かすけれど、自分を拘束する腕は細いものの案外頑丈なようで、びくともしない。
壁がくるりと反転して、美しい鏡の間からごつごつと石がせり出した壁に変わる。
すると、後から羽交い締めにしていた人物がエルザをぱっと解放した。
「何するのよっ!! エド!」
エルザはくるっと振り向いて、柔らかい青の髪にサイアンブルーの瞳を持った青年をにらむ。
この路を知っているのは、幼馴染のエドモンドくらいだ。それに、彼のつけてるコロンの香りは昔から変わらない。
拘束されてもパニックにならなかったのは、相手がエドモンドだとわかったからだった。
エルザは憤然と腕を組んでエドモンドをにらみあげる。
エドモンドは、深く深く息を吐くと、とんっとエルザの顔の横に手をついた。
「それは僕の台詞でもあるよ、エルー。〝ローザ〟のようになるつもり?」
「……はあ? ローザって…、眠り姫の? なにいってるの」
王国のおとぎ話を出されて、エルザは拍子ぬける。だが、エドモンドは至極真面目な表情でつづけた。
「ローザが眠ることになってしまった原因は?」
「…えっと…、確か15歳の誕生日に贈られてきた宝石に触ったから…だったわね。その宝石には魔女の呪いがかかっていたって…」
「そう。王女が生まれた際に予言された呪いに過敏になった国王夫妻や城の使用人たち、いつもだれかしらが最初にプレゼントに触れてからではないと王女はプレゼントを見ることも、触ることもできなかった」
「それを疑問に思ったローザがプレゼントをしまってある部屋に忍び込んで、ひときわ美しい宝石をつい手にとってしまう、でしょ? 私と何の関係があるのよ」
「おおありだよ」
眉をしかめて、エドモンドはエルザの鼻をつまんだ。いたいっとエルザが悲鳴をあげる。
「なによっ。プレゼントに魔女の呪いがかけられてるとでもいうのっ?」
「そう」
こくりと素直に頷いたエドモンドをエルザはぽかんと見つめてから、一拍置いて笑い飛ばす。
「エドモンド、昔はおとぎ話だなんて空想だなんて言っていたのにっ。シュアラに留学してる間にりんご姫でも見かけたの?」
「りんご姫」は食べてはいけないといわれていた赤く熟れた果実をついつまんでしまい、その美味しさの虜になって最後はぱんぱんの風船のような体形になるまで食べ続けてしまったという美しい少女のお話だ。
「…言い方が悪かったかな。あのね、エルザ、おとぎ話がどうしてできるか、子供たちに聞かせるか分かってる?」
「?」
「あれは、教訓とかしつけのために大人たちが聞かせるんだよ」
「もうっエドモンドなにがいいたいの?」
相変わらずのじれったくて少しのんびりした口調にいらだちながらエルザはふんっとそっぽをむく。
その時。
『キャアアアアアアアッ』
壁の向こうから絹の裂けるような悲鳴が轟いた。エルザはびくりと身体をこわばらせる。そのエルザは横に退けて、エドモンドがゆっくりと壁を押し開いた。
広間では使用人たちが一か所にかたまってなにやら騒いでいる。近づいて見てみようとするエルザの気配に気づき、エドモンドはがっちりと彼女の腕を固定する。
「…宝石箱のなかにサソリが…ッ!!!」
「おいこれは致死毒のあるサソリだぞ!」
「ハディ、噛まれたのか?」
「いえ…っ…蓋をあけてすぐにはなれましたので…」
エルザは小さく悲鳴をあげる。ハディはもう城にいない乳母のマリアの妹だ。よくお転婆ぶりをたしなめられ、塀によじ登ると悲鳴をあげてふっくら柔らかい腕を必死に伸ばしてくる。
「これで、五つか。…国王陛下の生誕式典のときよりは…少ないが…皆の者、しっかりと糸の先や箱の裏も調べるのだぞ! 十分注意するように」
「かしこまりましてございます」
執事長のガルズが声を張り上げる。メイドたちはふるえながら頷いて、凛と返事をしたのはパールといましがたサソリにかまれかけたハディだけだった。
(…パール…、なにも、いっていなかったのに…)
パールはエルザに気づかずにせっせとプレゼントの山で働きはじめる。その様子から、城へ入ってきたときからこの作業をやっていたことが嫌でもわかる。
このような恐ろしいこと。自分がいつ死んでもわからない状況にほうりなげられていたなんて。
パールはエルザの誕生日や両親の式典の日に嫌な顔やおびえた顔は一度も見せたことはなかった。楽しみですわね、といつでも溌剌と笑顔でエルザの傍にいて。
「…わかったろう?」
がたん、と壁をもとにもどして、静寂がふつりと訪れる。波紋を落とすようにエドモンドがつぶやいた。
「…さっき君がとったドレスに、毒が塗られている可能性だってあるんだ」
「えっ…」
真っ青な顔で、エルザは顔をゆがめた。毒?毒ですって?
「ドレスだけじゃないよ。本当に呪いがかけられているものもあるんだ。だから、シュアラの術師が城に配属されているんだしね」
震えているエルザに視線を落として、エドモンドは目を細める。
「王子がキスして覚める呪いならいいけど、――永遠に眠り続けてしまうものだったらどうなる?」
「…っ」
「好奇心旺盛で、人を疑わないことはエルザの美徳だけど、それを狙う奴もいるってこと、覚えていた方がいいね」
そう言い置くと、エドモンドはマントを翻して石階段を降りようとしたが、ふと足をとめ振り返った。
「君はこの国でただひとりの王女。いずれは玉座に座る人間だ。この大園遊会がおとぎ話の始まりだって思ってるのもいいけれど、君を邪魔に思う者が、君を消す絶好の機会でもあるんだよ」
低く、鋭い声が壁に反響してひびく。エドモンドは今度こそ石階段を降り、振りかえることはなかった。
エルザはぺたんと冷たい床の上に腰を落とす。震えが止まらない。執事長の言葉が離れない。
わたしは王女。
大国、カルミノの…第一王位継承者。
生まれて初めて自分の身分のはかりしれない重さに恐ろしさを抱いた一瞬だった。
fin.
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エドモンドとエルザがくっつく前提のカルミノ編習作です。エルザに決定的に欠けてるのは危機感なんですよね。
そして…エドモンド。エルザ心配なくせにほっとくあたりどうよと思われるかもしれませんが彼は彼なりの考えがある(たぶん)のです。
エドえらい
ウザイ(笑)
シンクロ☆
うんちく。