「トヨさま、トヨさま」
その声にひかれて、縫っていた羽織から目を挙げると、両手いっぱいに紅菊を抱えて、幼子がにっこりと笑って立っていた。
トヨはゆうるりと目を細める。
「どうなさいました。宮さま?」
現日継の皇子であらせられる雪都とさまと、二番目の正妃・梨花子姫の間に生まれた姫宮。もってうまれた記憶詠みの能力と禍を惹きつけるとのことで、ほとんどの皇族から忌み嫌われているという。
春宮である日継の皇子の娘であるので、表立っては騒いでいないようだが。
父君や母君はもちろん、年の離れた兄宮さまたちも真綿にくるむように慈しんでいるが、この姫はもともと聡い。御所内で遊ぶことはほとんどなく、医療院や標野を遊び場所にしているのだ。
「おかあさまがね、お庭にみごとなべにぎくがさいたから、トヨさまに、おすそわけって」
赤く染まった細いくだがひとすじひとすじ円をとり、うずをまき、大輪を描く。桜のまあるい顔より大きいものもあった。白い肌によく映える美しい朱の花。
すうと息を吸い込むと、鼻孔を濃い紅のような匂いがくすぐる。
「とても綺麗。そしてなんてあまやかな薫りでしょう」
「ここにいる皆も、べにぎくをみせれば、トヨさまのように、よろこぶ?」
「もちろん。きっとよろこばれますわ。…そうだ。皆さんの目の届くところに飾りましょう。姫はどこが良いと思われます?」
桜は座卓に紅菊をそっと置いて、澄んだ琥珀の瞳でじいいいっと花を見つめた。ひじをついて、どこがいいだろうと一生懸命に悩んでいるようだ。
なんて愛らしい。トヨはちいさくほほ笑む。
しばらくすると、桜はぱんっと両手をそろえた。
「そうだっふんすいのまんなかっ」
「噴水の…?」
噴水は、医療院の中庭にある。中央にあるポンプから、ヴェール状に水が舞散るのだ。
「ぽんぷのしたに、おはながいつもいけてあるでしょう?」
ポンプの柱は二重に囲まれ、そこには色とりどりの花が活けてある。
そこにいければいい、と桜は言ったのだ。
「まあ、名案ですわね…。では、すぐに巫女を呼んで…」
「だめっ」
「?」
桜は紅菊を抱きこんで、ぴょんと床に降りた。そしてむむむーっと真剣な表情でトヨを見上げる。
「わたしが、やる。トヨさまは、おしごとつづけて?」
「ですが…姫さま?」
「だいじょうぶっできるもんっそれじゃあいってくるね」
そう言うやいなや、桜はてけてけとトヨの居室から出て行った。トヨはちょっと心配そうに眉をひそめる。神殿の巫女や神官がいるから、御身に危険はないだろうが…。
少し考えてから、トヨは簡単に式紙をつくって、桜の様子をみるようにつたえた。何か危険が迫ったら、すぐ教えるように、と。
青の色紙でつくった人型の式紙はご丁寧に頭の部分を折って、ふ、と壁むこうに消えて行った。
◇ ◇
「ふわああ…」
エクルーは欠伸をしてから、寄りかかっていた木の幹から身体を起こした。午後の昼寝はとても気持ちが良い。
咲也の様子はどうだろう。
立ち上がって咲也の病室へ向かおうとしたエクルーの視界に、噴水の縁で、腕いっぱいの花を持って哀しそうな顔をしている幼子が見えた。
薄桃色の裳をはいて、白の単衣の上に柔らかい春を思わせる黄色の袿をきている。
顔をくしゃくしゃにしていまにも泣きだしそうな少女の様子に、エクルーがとん、と頭をこづく。
「どうした?」
桜はぼんやりと顔をあげて、うりゅうううと瞳に涙をためた。
最近よく遊び相手をしてくれるお兄さんだ。銀の髪に金の瞳。とてもとても綺麗な色に、お空のお星様を想わせる。どちらとも桜にとって冷たい印象の色だったのに、このお兄さんが纏うと柔らかい穏やかなものに思えてくる。
それが桜にはとっても不思議だった。
桜はきゅ、と唇を噛みしめる。
「…っおはなを…、あそこにおきたくて…でも…おみずがどいてくれないから…」
目の前でヴェール状に水を吹き出し、見事な水のドームをつくっている噴水を見上げて、エクルーは小さく笑った。ようは水がとめられなくてかなしくなっていたらしい。
「――なんだ。ちょっと待ってろよ」
「?」
エクルーは桜から離れて、膝をつく。手で縁をさぐって、目当ての場所をみつけると、なにやらごそごそとしはじめた。桜が小首をかしげるのと同時に、しゃら…んと水の残滓が歌う。
ポンプの水がとまり、噴水がしん、と静まり返った。
桜はきょと、と目を瞠る。
「おみず…どこか、いっちゃった…」
「ん。ノズルいじったから。さあそれ活けるんだろう? 手伝うよ」
「! ありがとうございますっ」
桜は紅菊をそうっと石畳の上に置いて、袿を脱いで丁寧に畳む。それから薄桃色の裳の襟を内に何度もおりかえした。裳が膝丈になると、桜は顔を輝かせて紅菊を抱えあげる。半分はエクルーが持ってくれたから、今度は視界がちゃんとひらけていた。
「綺麗な花だね」
「はい、みなさまのごびょうきがちょっとでもよくなるように…」
ちゃぷちゃぷとゆれる水面のくすぐったさにころころと笑いながら、桜は紅菊を活け始めた。中庭に散歩に来る患者たちが噴水で腰をやすめたときに、少しでも心が和んだらとっても素敵。それを想像するだけで、心の仲がぽかぽかだ。
楽しそうに花を活ける桜を見て、エクルーは可愛いなあ、と小さく笑う。
二階の窓から様子をみていたトヨは小さく笑みを漏らす。その横に、小柄な老女が音もなくあらわれた。
「何を見ておる」
「あ、大婆さま」
「仕事をなまけてるのではあるまいな?」
「まさか。ほら…姫さまとエクルー。愛らしいなあ、と」
婆は窓の向こうに目を向けて、常なるしかめつらを少し和らげた。
「ほんに…子どもの笑顔とは愛しいものよ」
「ええ」
「姫が熱を出さぬよう、毛布と温かい膳を用意するのだ。…エクルーは、風邪はひかんとはおもうが…、まあ煎じ茶でも淹れてやれ」
「くすくす。はい、大婆さま」
婆はふんと息を吐くと、持っていた珠のかざりを指の爪で三回たたく。すると、その場から影も形もなく消えた。
トヨは驚くこともなく、いま婆に仰せつかったことを準備するべく、台盤所へむかう。
日輪は、まだ天高くあり、ちらちらと光を降り注いでいた。
fin.
+++++++
るーさくーv婆が気に入ってます(笑)エクルーのキャラ違ってたらごめんなさい;;
カッコいいじゃん。
さくるーかわゆす
邪馬台国の女王
ふふふふふ・・・
朋友