「きゃーサクラちゃん、ひ~さし~ぶり~」
「はいエルザ様。おひさしぶりです」
片手にシャンパンを持ったエルザが桜にひっついて、桜が礼儀正しく素直に応える。
………本日20回目の会話である。
クリスマスのために綺麗に飾られた温室はてんやわんやの大騒ぎだ。シュアラの帝と春宮がエイロネイア皇帝とほがらかに何か話している。エクルーも一緒だ。ああいう表情を浮かべている時に限って今上帝はよからぬことをたくらんでいることが多い。
姉は久しぶりに再開した瑠那とここぞとばかりに酒をあおっている。年末年始はシュアラでは祭事が多いから働きづめなのだ。無礼講無礼講結構などと歌いながら焼酎を飲んでいる。
そういえば九重がいない。悠と新を迎えに行ったのか。いるのは時雨のみ。会話してるのはクロイツだ。真剣な表情で何度もうなずいている。
年が明けても面倒事が続くだろうな、と蒼牙はあさってを見た。が、さしもの桜が疲れてきたように見えたので、助け舟を出す。
「…王女」
「なあ~にーソウガくーん?」
「姫に絡まないでください」
「いやーだーもーん」
「エルー」
華やかな声がエルザを呼んだ。熟した果実から、ぱっと果汁がはじけるような甘やかさだ。
振り向くと、エドモンドが苦笑して水を持ってきた。
「エルー、泥酔するほどのんではいけないって言ったじゃないか」
「ふえー?」
エルザはきょとんと婚約者(年明けには結婚するそうだ)を見上げて首をかしげる。
蒼牙の脇を通り抜け、桜にひっついていたエルザに水を飲ませ、軽々と持ち上げると傍のやわらかい芝生の上に横たえる。用意の良いことでエクルーからもらってきたという毛布までかけた。
エルザはしばらくあばれたものの、すぐに眠りの国へと旅立った。
「サクラ姫、つかれただろう。すみません」
「いいえ。…エルザ様、とってもお元気そうで安心しました」
ここ最近、いろいろなことがあり過ぎて、エルザとは手紙を交わすだけだった。実際に顔を見て、声を交わすことがとてもうれしい。
エドモンドは柔らかくほほ笑んだ。
「ありあまるほど。結婚したらお転婆もすこしはなおってくれるといいんだけど…」
「俺は無理だろうと思う」
「蒼牙さん」
桜がたしなめるように名を呼ぶと、蒼牙はべえと舌を出す。二年前に会った時から変わらないな、とエドモンドは思ってくすりと笑う。
「…さて、皆さんにお暇をしてくるか。エルー、エルー、帰るよ」
「もうお帰りに?」
エルザが寝ぼけ眼でうううぐうう?と呻く。一応起きたようだ。
「あちらの祭典を抜けだしてきたんだ。市民が中心の祭りだから王族はあまり重要じゃないけれど」
「そうですか…、それじゃあ…」
「結婚式にはぜひ来てね」
エルザを抱えて、エドモンドはほほ笑んだ。蒼牙はひらひらと手を振って、桜は膝を折って挨拶をする。
「喜んで。さよなら、エルザさま」
「うーー…うんうん。…またねサクラちゃん」
カルミノの皇太女カップルは人波にまじり、挨拶をかわしながら優雅に立ち去って行った。
蒼牙と桜の間にふつりと静寂が訪れる。
蒼牙がたまっていた息を吐き出した瞬間、横にいる桜にがばっと少女が抱きついた。
自分の主君には抱きつかれグセでもあるのかと本気で頭痛を感じる蒼牙である。
「おーひめーったっだいまああ」
「ひゃっ九重っ」
「ねえひどいのひどいのーっあのはげ頭、年末年始にお仕事いれたんだようっ」
直属の上司である風雅の当主をはげ頭呼ばわりできるのは九重くらいだ。桜は眉をひそめてだきついてきた九重の頭をよしよしと撫でる。
「身体、壊さないでね? いつごろ戻ってこられるの?」
「時雨も一緒だからだいじょーぶでしょ。すぐもどってこれるようにするー。待っててねーお姫」
今度は九重がよしよしと頭を撫でる番になった。桜は首をかしげながら、嬉しそうにほほ笑んで頷いた。
「うん。待ってる」
「よし、じゃ、のもーねはい」
九重は薄い藤色の水が入ったグラスを桜に手渡した。蒼牙にも渡す。蒼牙はすん、と匂いを聞いてぴくっと眉をひそめた。
「…これ酒だよな」
「うん。えーだってお姫裳着終わったから大人じゃん十八禁じゃん」
「十八禁は関係ないだろ。ていうか十八にもなってないから」
「細かいこといいなさんなってー。軽い奴だし。ほら、もう飲んじゃった」
九重が指さすその先で、桜が最後の一口をのみほして、きょとんとした顔つきをする。
「美味しい」
「でしょー?」
蒼牙は内心はらはらと桜の様子を窺っていた。いままでなんとなく嫌な予感がしてきたので酒の類はなるべく避けてきたのに。
その予感は的中していた。
九重と蒼牙の目の前で、桜の白い頬に朱が走る。ことん、と滑り落ちるようにグラスが手から離れ、桜は常になくむううううううとしかめっつらを浮かべた。
「………………眠い」
「…へ」
「えーと毛布あるよ」
「嫌。お部屋で寝るの」
ここでいうところのお部屋とはシュアラの桜の自室だろうか。九重と蒼牙が顔を見合わせている間に、桜の眉間のしわはいよいよ深くなって、眼はすわっていく。
そしてずいっと両手を前に差し出した。
「…つれてって」
「はい?」
「つれてってっていってるのっだっこして!」
異国の地の舞台で清純な少女が酒を飲むと妖艶になり男を骨抜きにするようなストーリーがあったなあ、と九重はぼんやり思いだす。
だが今の桜は妖艶というよりは………。
「うーん萌えないなあ。それよりおちびちゃん、女王様が連れて行けって命令してるよ? つれてかなくちゃ」
「女王様ってなんだ」
「いや、うん雰囲気で。風で泉まで連れてくからさ。あたしも帰るし。時雨ーっ帰るよ~」
少し離れた場所に居た時雨はぴくっと上官の声に反応して振り向いた。九重の高くも低くもない声はよくひびく。温室のほとんどにその声は響いた。
「えー桜たちかえるの?」
「うわお姫さんめっちゃ怒ってるぞ蒼牙、なにしたんだ」
アルとエクルーが桜をのぞきこんで、心配そうに尋ねる。
「何もしてない」
「…お酒でも飲ませた? 蒼牙」
「当たりですが、俺じゃありません。九重です。春宮」
「えっ密告しないでよ」
「あははは九重、いいご身分だね。きっちりシュアラに送り届けてくれるね?」
「すんません耳鼻科行かせてください。ゆっきーの声が二重になって聞こえました。死ね馬鹿って言ってました」
「帰ったら耳掃除をお勧めしますよ九重さん」
どす黒いオーラを出している雪路の横でレアシスが麗しくほほ笑む。うわ、嫌なスマイル。
「…ありがとれーちん。ゆっきー、女王様がおねむなんでシュアラに送り届けてくる。ゆっきーとせっちゃんはどうする?」
「…もう少し残るよ。だけどすぐ帰る」
「蒼牙、桜を頼むね」
「わかりました」
蒼牙は桜を横抱きにする。すると、桜は少し表情をやわらげて、蒼牙の首にぎゅうっと手を巻きつけた。
明日桜に自分自身の行いを言ったら顔を真っ赤にして卒倒するに違いない。とあきらは遠巻きに見つめていた。
「じゃあみなさま。よいお年をー」
「さようなら」
「んじゃ、また。桜、ほら」
「…んんー? さよなりゃー…」
桜の眼がとろんとしてるのを横目で確かめて、九重はすっと指先で優雅に空中に印を描く。
「風雅参式、円舞(えんぶ)」
とたんに四人の身体を風が取り巻いて姿を消す。
瞬きをする間もなくくくりの泉についた。桜の酔っている姿と蒼牙の困り果てた顔にからからと笑うくくりの声に見送られて、一同は御所の泉苑についた。
都のどこかで祭りがおこなわれているのか、太鼓の音やお囃子が途絶え途絶えに聞こえてくる。
九重は時雨の首根っこを掴んでにっこーと微笑んだ。
「じゃ、あたしたちはこのまま出張いくね」
「えっ仕事ですかっ?」
「そうよー。ついでに正月なしね」
「…そんなあ……」
しょぼくれた時雨の肩をたたいて、九重は蒼牙を見た。
「今日、城下でつごもり祭りやってるから後宮に女官いないから。得にお姫の宮にはね。悠ちんもあらたんと一緒に行ってるだろうし。あたしこのまま仕事だから、おちびちゃんがお姫とどけてね♪」
「わかった」
「据え膳食わぬは…」
「うるさい黙れ早く行け」
つまんないの、と九重は零してまた風に包まれて時雨とともに消えた。蒼牙は深く深く息をついてこっくりこっくり頭をゆらつかせてる桜を抱え直して内裏の奥に向かった。
fin.
*おまけ*
褥に桜を横たえると、てっきり眠っていると思っていた桜の瞳がぱっと開く。
そしてふたたびむうううううと顔をしかめた。
「そーがくん、どこいくの」
几帳越しに蒼牙は返事をした。
「悠が戻るまではいるよ」
この宮の侍女は悠と九重に老齢の乳母がひとり。それから侍女見習いの童女がふたりと巫女姫を冠する内親王としては少なすぎるほどだ。
なぜかというと、桜が大勢の人に囲まれるのを好まず、自分でできることは自分でやるという庶民的な考えの持ち主だからである。
桜は起き上がって寝台を囲む絹の几帳をはらいのけて蒼牙を見た。
「どーしてそこにいるの?」
「は? だって桜寝るんだろ?」
「だめっ。そーがくんはここなのっ」
桜はそう言いながら、衾をめくって、空いているところをぽんぽんと叩いた。ぐら、と蒼牙をめまいが襲う。
「なんで」
「いっしょにねるの。いやなの? ちっちゃいころ、いつもそうしてたのに」
いや子どものころといまではあきらかに違うだろ。蒼牙はそうつっこみたかったが、酒の影響で幼児退行し、わがままになっている桜にはわかってもらえそうにない。
蒼牙が固まってる間に桜は小首をかしげながらどんどんと寂しそうな顔になっていく。
神様俺何かしましたか。
拷問のような仕打ちに天を仰ぎたくなるのを必死でおさえて蒼牙はどうしたものかと頭を巡らせた。
「はやくーそーがくんっ」
深呼吸を五回。桜が寝たらすぐに離れればいいのだ。それに隣に寝るだけ。それだけのこと。
頭の中でぐるぐると考えて、結局あきらめた蒼牙は衾のなかに入った。なるべく桜と距離をおいて…………。
が、蒼牙が潜り込むと桜は満足げに笑って蒼牙の胸元にすりよってきた。そーがくんのにおいだーとか可愛い声で言ってくる。
……これ、なんの拷問?
***
お粗末さまでした(笑)
いや、オジサンは萌えるぞ? 桜ちゃん。
おっさんんんんん(九重)
幼女好きって、おっちゃん…(ルナ)
レアシス…涙
ありがとう