忍者ブログ
シュアラ編中心サイト。
最新コメント
[01/22 小春]
[01/21 梧香月]
[09/12 日和]
[09/12 梧香月]
[09/12 日和]
プロフィール
HN:
沙羅の語り部
性別:
女性
自己紹介:
沙羅ノ国。一般的には「シュアラ」の呼称がつかわれている。
帝と巫女姫が執政を行うこの国の、雅で切ない物語。名無しの語り部が語るとしよう。
[167]  [166]  [165]  [164]  [163]  [162]  [161]  [160]  [159]  [158]  [157
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

龍彦4,5歳。
梨花子12歳。
隼人15歳。

『可愛い龍彦』を目指してがんばってみた。
(文字数:3607|原稿用紙換算:400字詰め10枚)




 山の端に、日が沈んでいく。
 そろそろ帰らなくてはと立ちあがった途端、夕闇にまぎれて弦を引き絞るような音が耳朶に触れた。
 老木の枝の上、鳩に良く似た黒い鳥がとまっているのを見て、龍彦は身体を強張らせた。
 己を見上げて顔を青くする幼子を嘲笑うかのようにその鳥は引き絞ったような鳴き声をあげる。甲高い声色に唇を震わせながら踵をかえして元来た

道を駆け抜ける。
 離れてもあの耳触りな声は龍彦をおいかけてきた。両耳をふさいでも、頭の奥にこびりついて離れない。
 気味の悪い、あの、耳をつんざくような声。まるで悲鳴のようだ。
「若さま?」
 いつのまにか東舘の自分の居室に戻ってきたようで、庭を箒で清めていた傅役が驚いた顔で振り返る。
 二本の三つ編みを揺らすその姿を見て、やっと安堵する。けれど例えようもない君の悪さは消えず、気づけば自分の背丈ぐらいある茂みを夢中でか

きわけて、傅役に飛びついていた。

「りかねえや」

 白い腕にしっかり抱きとめられると、ようやく恐怖が薄らいだ。
 梨花子は冷え切った龍彦の身体を広袖の羽織で包みこんでやり、背中を優しく撫でさする。
「はい。梨花子はここにおりますよ」
 癖のない黒髪を梳きながら宥めると、腕の中の龍彦はしがみつく力を強めた。泣いてはいないようだが、ひどく怯えているようだ。
「お庭に鬼でも出ましたか?」
「鬼などこわくない」
 きってすててやる。と、噛みつくように龍彦が言い返せば、まあお勇ましい、とおっとり返される。
「ほととぎすが」
「不如帰……」
 ああそれで、と合点がいったらしく、梨花子はそのまま何も言わず龍彦の背を叩いた。
「……いやなこえだ。もう聞きたくない」
「確かに、初音のように心地よいものではございませんものね」
 梨花子の柔らかく、静かな声は、ささくれ立った感覚をやんわりと消していく。
 ようよう龍彦の様子が落ち着いたのを見計らい、梨花子は龍彦を抱き上げる。まだ顔をあげたくない龍彦はその肩にしがみついた。
 若さまは随分と重くなられましたと嬉しそうに笑う。それに少しむくれてしまう。自分は同年代の子どもより発育が遅い。背丈だって体重だって、

ちっとも増えている気がしない。いまだって、乳母より格段に体格の違う梨花子に易々と抱きあげられてしまうのだから。
 小さな主の複雑な心境をくみとったのか、梨花子は目を細めた。
「ちゃあんと大きくなっておりますよ。私がお屋敷に参った頃は、『ねえや』が言えずに『にゃぁ』とおっしゃっておられたのに」
「……おぼえておらぬ」
 決まりが悪そうに応えて頬を膨らませる。やっと顔をあげた龍彦の目元は、少しだけ赤い。幼子特有のふっくりした頬をつつけば、ぷいっとそっぽ

を向かれてしまった。
 堪え切れずに微笑むと、抗議するように梨花子の長い三つ編みを引っ張る。梨花子の実家の習いだとかで、彼女が乳母や他の侍女のように垂髪にす

ることはない。
 解けば緩く波打っている赤金色の髪は、龍彦のお気に入りであった。ぴかぴかに磨いた銅のようだし、触りと柔らかい。ちょくちょく遊びに来る幼

馴染も緋色の髪を持っているため、この傅役とお揃いだと自慢してくるが、龍彦にしてみれば彼の髪は蜜柑のようで、梨花子の髪とは全然違うものだ

。そう言うと、真っ赤な顔をして怒るのだが。
 そこまで思って、龍彦は握っている三つ編みを二、三回引いた。庭の橘を見上げていた梨花子が彼を見下ろす。
「……まどかには、」
「内緒にございますね」 
 心得ましたと梨花子は微笑んだ。その返事に満足して、龍彦は彼女の肩に額をおしつけた。目蓋が重い。目じりを擦りながら緩慢に瞬きを繰り返す

龍彦の背を叩きながら、梨花子は子守唄を口ずさむ。そうするうちに、ずしりと幼子の重みが増した。

(本当に、大きくなられた……)

 海神家に行儀見習いとして勤めるようになって、三年ばかり。腕の中の若君は、二つを迎えたばかりだった。夜泣きのひどい赤子で、乳母の喜多は

まだ九つの梨花子に夜中の世話は大変だろうと言ってくれていたが、物言いたげな、心細そうにじっと自分を見つめる瞳と視線があってしまうと傍を

離れがたくて。そうして寝不足になって、作法の稽古で叱られてしまうのだった。
 ふいに、長く伸びた自分の影の隣に、もうひとつ影が生じた。

「替わるか?」

 音もなく現れた背の高い男に、梨花子は首を振っていたずらっぽく応えた。

「若さまは、隼人の抱っこがお気に召さないから、すぐに起きてしまうわ」
「……そうだったな」
 隼人は困ったように前髪をかきあげた。そうすると、左目を覆う包帯が露わになる。
「この包帯が気味悪いのではないだろうか」
 生真面目な言葉に、梨花子は呆れたように笑った。
「まあ。若さまを見くびらないでちょうだい。そのようなことで怖がるような御子ではないのよ」
「不如帰に怯えていたが」
 つんと顔をそらされて、隼人は首をかしげて腕の中の龍彦を見下ろした。ぴったりと目蓋は閉じられているが、隼人の声を聞く度にぴくりと神経質

そうに眉がはねる。
「若さまはお耳がよくていらっしゃるから。……それに、あにさま達のせいでもあるわ」
 少しばかり気分を害されて、なじるように返してから、実兄の友達を思い出す。
 一応屋敷はあるものの、父親も兄も弟達も都にいることは年に数回あるかないかで、娘である自分もこうやって幼いころから奉公に出ているから、

家族が一揃いになることはニ年に一回あったらいいほうだ。
 その代わりというように、梨花子に世話を焼くのが、実兄の友人である篠田綾人と、海神分家の嫡子である海神清牙であった。
 実の兄よりも近しい距離にいる彼らには、さしもの梨花子も遠慮がない。
「ああ……不如帰の昔話を聞かせてあげていたな」
「まだお小さい若さまに、喉が切れるだの、血しぶきがあがるだの血生臭い誇張をして話すんですもの。困ったこと」
 ぷくっと頬を膨らませる梨花子を見て、隼人はくすくすと笑った。
「清牙はふらふらしている割に、きちんと弟子をいじめにはくるようだ」
「まあ、それ本気で言っている?」
 思わず大きな声が出そうになるのを寸でで堪え、梨花子は不満たっぷりに言った。隼人は肩をすくめてから、眠る龍彦の頭をそうっと撫でた。
「そう怒るな。清牙はこのところ、まったく帰ってきてないんだったな」
「ええ。綾人兄さまも今回ばかりは気を揉んでいらっしゃるの。……若さまだってお寂しそうだわ」
 隼人が頬をつっつくと、龍彦はぴくりと長い睫毛をふるわせて、むにゃむにゃと抗議をあげる。思わず破顔しながら、顔を曇らせたままの梨花子を

見る。
「伽羅からの帰り、湖藍の方で、それらしき男を見たと小耳にはさんだ」
「湖藍……? 南嶺の方に?」
「綾人に言付といてくれるか? 私は黒羽殿と合流しなければならないから」
 黒羽は、梨花子の実兄の異称である。確か、いまは鈴嘉山にいるはずだった。
「相変わらず、慌ただしいこと」
 知らず、腕の力を強めてしまった。しかし、そのまま行ってしまうだろうと思われた隼人は目の前から動かない。
 不審げに顔をあげれば、気まずげに頬をかいている。
「……なあに?」
「いや、……梨花子は、紅をつけるか?」
 唐突な問いに、目を丸くする。
「……喜多さまにお化粧をしていただいたことはあるけど、お正月ぐらいだわ。そんな贅沢なこと」
 そうかと小さく返されて、ますます首を傾げた。隼人は物言いたげな眼差しを梨花子に向けたが、すぐに逸らした。
 そのまま何とも言えない沈黙が続く。そのうち、腕の中の龍彦が小さなくしゃみをする。

「いけない。若さまがお風邪をひいちゃう」
「あ、」
 急いで踵を返す梨花子の袖を、隼人が掴んだ。次に、くん、と袂が少しだけ重くなる。
 不思議そうに自分を見上げる梨花子に隼人が笑いかける。

「きっと、似合う」

 問い返す前に強い風が巻き起こり、瞬きをひとつする間に隼人は姿をくらましてしまった。
 梨花子はしばらく呆然としてから、慌てて屋敷内に戻った。縁台で繕いものをしていた喜多が、目を細めて梨花子と龍彦を迎える。

「まあまあ、今日の若さまは甘えん坊ですこと」
 
 喜多は腕がしびれたでしょうからと梨花子から龍彦を受け取った。梨花子は気もそぞろのまま急いで袂をさぐった。
 手の平にころりとおさまったのは、ハマグリを二つ合わせた入れ物だった。

「あら、紅でございますね? 梨花子さんもすみにおけないこと」
「ふえっ? えっ?」
「あらあら、若さまがきっと拗ねてしまいますわ」
「ち、違いますっ」

 顔を赤くして主張するほどに、喜多は笑みをふかめてはやしたてる。

(そんなのではないのに……)

 おろおろしつつも、やはり嬉しくて、最後には梨花子も頬を緩めてしまった。
 帰ってきたら、上達した料理の腕をみてもらわなくては。
 次にいつ会えるかわからないけれど、その日を思うと胸が躍り嬉しくなってしまうのだった。


fin.
PR
Comment
name 
title 
color 
mail 
URL
comment 
pass    Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
コメントの修正にはpasswordが必要です。任意の英数字を入力して下さい。
管理人のみ閲覧可   
Template by Crow's nest 忍者ブログ [PR]