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沙羅の語り部
性別:
女性
自己紹介:
沙羅ノ国。一般的には「シュアラ」の呼称がつかわれている。
帝と巫女姫が執政を行うこの国の、雅で切ない物語。名無しの語り部が語るとしよう。
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 時間軸:カルミノ編後の夏。
 昨日支部にあげた膝枕イラストから派生した話です。
 大事な人が頑固で無駄に有能だと大変だよねって話。

 


 未の刻をいかばかりか過ぎた最も暑さの厳しい時間帯に大内裏中の者が辟易していた。
 女房は小袖の上に紗の単衣を一枚と簡略を重ねた装いをしてはいるものの、やはり暑いと見えて手に持った扇はせわしなく動かしながら働いている。
 そうして局から局に移動し、涼しくしつらえた屋内で一息をつくのだ。
 近年、室内を冷やす術が編み出されてから、屋内は昔とは比べ物にならないほど冷やされている。そのおかげで仕事の効率もあがってきた。
 しかし、室内で勤務しつづけてかえって身体を壊すような者が出ているのも事実である。
 冷やしすぎもよくないのだと典薬寮から警告されてもこの暑さだ。退魔寮から水の術を得手とする術師が人間冷却機として大内裏のあちこちに飛びまわっている。

 そして海神家の末っ子である海神蒼牙も類に漏れず。

「おちびちゃん、次こっちねえ」
「海神ー、厨の冷却札の賞味期限切れてるっぽいから新しいの作って」
「たっだいまぁ。あっちぃ! 蒼牙ー、氷くれーっ」

 ちゃっかりしっかりこき使われていた。

 ◇

 斎宮殿北の対。蒼牙は筆を動かし冷却符を作りつつ、頭脳を騒動員して別件の処理にあたり、おまけに口で部下もとい悪友たちを指示および叱責するという非常に器用な真似をしてみせていた。根性のなせる業である。

「九重! お前は勝手に仕事ぬけだして買ってきたあいすくりんが溶けそうだからって俺を頼るな! 自業自得だっ」
「おちびちゃんすごーい。背中に目でもついてるの?」

 間延びした声で賞賛されてもこれっぽっちも嬉しくない。気のない拍手を右から左に聞き流し、妻戸の方に目を向けた。
 大根とごぼうを片腕に抱えた悠が色あせた符を握りしめている。
 ああ剥がさなければそれなりに効力が続いたのにこの野郎。

「篠田! 文庫の三段目に予備用のものがあるからひとまずそれ使え。ただし効力は一刻だから、」

 ちょっと待て。という台詞を吐く前に悠が眉をつりあげて絶叫した。

「それじゃ野菜が傷んじゃうじゃんか!!」
「だから今長期間つづく札作ってるからそれまで予備で持ちこたえろっていってんの! ついでにそこでだらけてるくの一つまみだせ!」

 不服そうな顔をしながらも悠は駄々をこねる九重の首根っこを掴んで退出していく。
 蒼牙は間を空けず再び文机に向かいながら縁の下で涼んでいるであろう親友に怒号した。

「新! 氷が欲しいなら自分で氷室行ってとってこい! そのついでに主上に偵察の報告とこの書類出してきて!」

 たったいま帰ってきた親友の新は「へーい」と返事を返し、山伏姿のまま身軽に簀子に上がって書類を受け取りさっさか退出していった。

 よしこれで静かになる。

「あの」
「今度は何!」

 大声で指示を出した勢いのまま、後ろから控えめにかけられた声に応える。
 するとそっと息をつく気配が伝わり、文机の上へ静かに瑠璃の茶器が置かれた。

「水分をとらないと倒れてしまいますよ」

 おいらかな所作に虚を突かれて振り向くと、神宮で勤めに励んでいるはずの主がちんまりと端坐して困ったように微笑んでいた。

「なんで桜が…」
「お勤めが早めに終わったのです」

 慌てて壁にかけてある時計を見上げて、蒼牙は気まずげに眉を寄せた。
 その様子にくすりと笑みをこぼして桜は磨り膝で蒼牙の傍らに移動する。

「迎えに行けなくて悪かったな」

 汗で張り付いた前髪をかきあげて嘆息する。まさかここまで忙殺されるとは。
 巫女守の仕事は送迎だけではない。神宮で巫女姫が勤めに励んでいる間も離れず常時傍についていることが役目である。

「良いんです」
「いや駄目だ…」

 控えめな言葉に一言文句を言ってやろうと傍らの少女に視線をやって慌てて目をそらす。
 桜は素肌の上に胸元まで濃き袴を引き上げて、その上に生絹の単衣を羽織っただけという格好だ。
 なんてことない夏の装いではあるが十代の少年にはいささかいやかなり毒である。

「?」

 彼女が不思議そうに首を傾ける気配が伝わるだけで、透けた衣の向こうにあるむき出しの鎖骨や細い肩に嫌でも意識が向いてしまう。

(なんだってんだよ…)

 成熟した女性ならまだしも、いまだ12の少女で身体に凹凸などないのにどうしてこうも落ち着かなくなるのか。
 蒼牙は動揺を誤魔化すように傍に置いておいた水盆を引き寄せて墨で汚れた手を浸した。

「お前…その格好で外出てないよな?」
「まさか。人が来たら母屋で着替えます」

 差し出された手巾を受け取って思わず遠い目をする。
 もしかして自分は人にみられていないのか。となんともいえない心地になった。
 そんな蒼牙の複雑な心中などいざ知らず、桜はそっと眉をひそめて抑えた声音で問いかけた。

「清涼殿から使いの者がきたそうですが…」
「…ん? ああ…いや、桜に何か言付とかじゃない。冷却符の依頼。この文箱いっぱいに作れって侍従殿が」

 その応えに桜は目を丸くする。その反応もさもありなん。蒼牙は半分以上符で埋まった文箱に目を向けて、またまた嘆息する。
 例年以上の忙しさは、斎宮殿に加えて帝のおわす清涼殿の職場環境を快適にせよというありがたいお達しがあったことが大きい。今までは姉である海神あきらが符を作っていたのだが(しかし半分は強制的に蒼牙も手伝わされていた)、彼女が初夏に職を辞した為にその仕事が一挙に蒼牙に任されているのである。

「そう…でしたね。毎年あきらさまがやっていらしたから…」

 言葉を選ぶようにゆっくりと喋る桜を横目に、蒼牙は一息に茶器を煽って腕を組む。

「確かに長時間広範囲の屋内を冷やす術は誰でもあつかえるものじゃないけど、短期間の符をこまめにかえりゃあ良いっていったのに、あいつらなまけやがって」

 あいつら、とは皇室の守り手である海神一門の隊士および退魔寮術師たちのことである。大内裏内の省庁や各部署の冷却活動には迅速に対応しているのに、御所だけはと頑なに固辞されたのだ。
 曰く、長年帝の執務をより快適にしてきたのは一族筆頭術師のひとりである大姫であり、自分達がその代わりをするなど恐れ多すぎて腰が抜ける。らしい。

「国内外に名を轟かせる海神一門が聞いてあきれるよな」
「それだけあきらさまが敬愛されているということでしょう」
「敬愛、ねえ…」

 能力が高いと一門から一目置かれているその姉は実際たびたびサボっては同僚の萌に大目玉をくらっていたのだ。 だから別に気負わないでいいのだ気楽にやれと説き伏せようとしたが、いやいやちょっとまてそれは弟としてなんとも情けない気分になるではないかと今回は黙って受け入れたわけである。

「だけどこの先ずっとは無理あるわけじゃん」
「それは…そうですね」

 本来自分は神宮衛士の要なのである。何が悲しくて自分の勤務地以外の冷却活動に参加せねばならないのだ。
 己の管轄である斎宮殿でさえ去年ぐらいでやっとさばけるようになってきていたところなのである。

「海神一門全員に符作りと度胸鍛えてもらおうと思って」

 そういって指で示した先にはびっしりと呪言と術式が書きこまれた巻物がひろげられていた。すべて見覚えのある蒼牙の筆跡である。
 まさかこれを一人で作ったのだろうか。
 おそるおそる蒼牙を見れば、据わった眼でうすら笑いを浮かべている。桜は、めったに笑わない守の表情を窺って、大分参っていることを悟った。
 ああ、と嘆息しそうになるのを堪えてこめかみを袂でおさえる。

「蒼牙くん。何日床で眠っていないんです?」
「四日ぐらいかな」

 なんてことない顔でけろりと言われて思わずひっくり返りそうになりながらも桜は続けた。

「蓮さまとの鍛錬はなさっていますか?」
「いや、いまは止めてもらってる。自主鍛錬はやってるけど」

 蒼牙の仕事は符を作る他に神宮衛士の指揮や斎宮殿の護衛整備、巫女姫の巡礼のための情報収集などあげきれないほどごまんとある。
 いつもならば師匠との鍛錬や新や悠との組み手などで発散しているのだが、この暑さと忙しさでそれもかなわなかったのだろう。
 それでも完璧に片づけてしまう能力の高さを評価するべきなのだろうが、疲れや鬱憤などなどがたまっていることに気づかなければ倒れてしまって結局意味がない。
 最近になってようやく華音が「ひとりで無理ばっかして馬鹿みたいよね。もう面倒みてあげないんだからっ」と何度も涙ぐんでいる事情を桜はくみ取れるようになっていた。

「喜代、伊予」

 桜は几帳を扇で避け、外へと声をかけた。
 すると庭の遣水で遊んでいた女童(めのわらわ)達が振り向く。
 少女たちはまばたきひとつで姿を消して、次の瞬間は簀子の上へと移動して桜のもとに駆け寄ってくる。

「宮さま。呼んだの」
「宮さま。ご用があるの」
「そうよ。お使いを頼まれてくれる?」

 おつかい。と女童達はくるくると声をあげてはしゃいだ。
 桜は符が入った文箱に蓋をして、丁寧に布でくるみはじめる。

「桜?」
「もう本日中のものは終わっているのでしょう? すぐに夕刻になりますから清涼殿の分はこれで充分ですよ」

 思わず口をつぐんだ蒼牙から筆と墨を拝借して簡単な歌を綴り、喜代が持っていた夏椿に添えた。
 伊予には斎宮殿の厨の分の符を手渡す。

「この文箱は清涼殿の尚侍さまに。文は主上にとことづけてね。伊予は悠にそれを渡してきてくれる?」
「喜代はないしのかみさまに冷やしの符と、おかみにお文!」
「伊予はゆうべの君さまに、冷やしの符!」

 揃いの結髪を揺らして女童達はそれぞれ託されたものを抱えてきゃらきゃらと笑いながら庇へと走って行った。
 気配はすぐに途絶えて木々のさざなみだけが残る。

「……蒼牙くんは真面目すぎるんです」
「いやそれ桜に言われたくないし」

 ふわりと微笑んだ桜はそっと指を伸ばして蒼牙の頬に触れた。ぎく、と蒼牙の身体が強張る。

「私が無理したときは蒼牙くんが止めてくれるでしょう? だから私は蒼牙くんが無理をした時に止めるんです」

 柔らかく言い含めるような声音は決して強制するものではない。
 蒼牙は長く息をついて目蓋を閉じた。その顔にうっすら隈がはっているのを見咎めて、桜はそっと眉をひそめる。
 細い指が少し癖のある黒髪をゆっくりと梳く。気が緩んでいたところに、しっとりとした心地よさが加わった。
 するとまるで思い出したかのように睡魔が襲ってきて、自然と蒼牙の身体がゆっくり傾いだ。

「ちょっと借りる」

 そのまま桜の膝を枕にするように寝転がると、全身のこわばりが一気に解ける。
 深く息を吸い込めば、ふんわりと甘い珠麗の花の薫りが鼻孔をくすぐった。
 桜は香を焚かないので、懐にある匂い袋からのものだろう。
 重い目蓋をこじあければ、ゆっくり髪を撫でながら桜は優しげな眼差しで蒼牙を見下ろしていた。

「……疲れた」
「はい」
「姉さんは家で寝てばっかり。なんかぼーっとしてるし」
「それは、心配ですね」
「まあね…。義兄上の様子も変だしさ」
「……たくさん仕事をして無理に忘れようとしなくていいとおもいますよ」
「……そーだね…蓮みたく華音に怒られるのかっこ悪いしな…」

 この場に蓮が居たらもれなく拳骨をお見舞いされるような言葉に、桜はふきだすのを懸命にこらえた。小さく肩を揺らして笑いの波をやりすごせば規則正しい寝息が聞こえてくる。

「蒼牙くん?」

 そっと呼びかければ、返事とも寝言とも判別しがたいふにゃふにゃした言葉が返ってきて、桜は思わず口角を緩めてしまった。

 fin.
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