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シュアラ編中心サイト。
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プロフィール
HN:
沙羅の語り部
性別:
女性
自己紹介:
沙羅ノ国。一般的には「シュアラ」の呼称がつかわれている。
帝と巫女姫が執政を行うこの国の、雅で切ない物語。名無しの語り部が語るとしよう。
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「わかれて」
 掠れきっていても、それは確かな言葉として夫に届いた。
 みるみるうちに顔色が悪くなっていく伴侶の様子に、繭は激しく後悔する。でももう遅い。
 自分は、取り返しのつかないことを、口走ってしまったのだ。

〔シルフの羽衣〕

 覚悟というものはかくも脆いものだったのか。繭は己の心の弱さを恨めしく感じた。
 年に何度もある名家や政財界の大物が集う諸々のパーティに、龍浩の妻として繭は休まず出席してきた。無理をしなくて良いと義母や龍浩は言うけれど嫁いだからにはと譲らなかったのである。
 ようやっと龍浩が席を少し外してもあまり動じなくなってきた頃、それは始まった。
『嫁いできてもうすぐ二年ほどになりますかな』
 まずは、かつて外様衆として東鬼幕府に与していた家臣の末裔。
『東鬼家の若奥さまも若君も仲睦まじいご様子。そろそろおめでたいお報せを楽しみにしていますぞ』
 次に古より将軍家に忠誠を近い、今も関係の深い御内衆の悪気のない一言。
 嫁いできてまだ二年経つか経たないか。けれどこの世界では〝もう〟二年。千年以上栄えた旧将軍家の跡取りを、外様衆や御内衆の武家達は心待ちにしているのだ。
 婚約した時は、強い覚悟を持っていた。……というより、結婚したら、遠からず出来るだろうと信じていたのだ。龍浩と二人きりで過ごす夜は家事や接待に追われて疲弊しきった繭にとって唯一安らげる時間だった。夫は口が悪いながらも、真綿で包むように愛してくれた。けれど。
 毎月、欠かさずそれはやってきて、繭を苛んだ。普通より重い部類に入るので、寝込むことがしばしば。忙しい中でも時間を作って看病してくれる龍浩。嬉しいのに、幸せなのに、胸の中で少しずつ焦りや不安が溜まっていく。
 一度来なかった月があった。もしやと胸をときめかせて産婦人科に行ったが、軽いストレスが溜まっているだけ。胎は、空っぽのまま。家に帰る前に公園で静かに泣いた。

 暗雲垂れ込めたものが、だんだんと膨れ上がっていく中。
 とどめを刺された。
『代々子沢山で栄えている旧将軍家がねえ……』
『貴女、石女なのではなくて?』
 ご婦人同士の茶会。罵倒をうけたのは茶席ではない。遠まきに見ていた名家の御息女たちが頃合いを見計らって繭を人気のない庭の奥に連れ出したのだ。
『分不相応だと思わないの? 若様を思うならさっさと身を引きなさいよ』
 繭はひたすら唇を引き締めて振袖を揺らす彼女達が飽きるまで好きにさせた。その態度も気に入らなかったようで、少女たちはぬかるんだ土を投げつけようとした所でーー母親、もしくは祖母達が駆けつけてきたのである。
 なんてはしたない。恥を知りなさいと叱られ、振袖の娘たちは顔を真っ赤に染めて逃げてしまう。無礼を詫びられ、躾が行き届いていないことを嘆かれたが、繭は無性に泣きたくなってしまった。
(あの子達の言っていることは間違いなんかじゃあないわ)
 責められるべきは自分だと分かった時、繭の中で張り詰めていた線がぷつりと切れたようだった。

   ※※※

 屋敷に帰ってきてすぐに南舘にこもり、夕餉には顔を出さなかった。身体に力が入らない。吐き気やめまいがひどく、襦袢姿のまま脇息に突っ伏していた。その背に、ふわりと羽織が重ねられる。
「花冷えは過ぎていないぞ」
 低く落ち着いた声が頭上から降ってくる。それからそっと頭を撫でられた。暗澹たる気持ちが、それだけで浮上しそうになるけれど唇を噛んで自制する。
「白湯でも飲んで、少し横になれ。簪、外すぞ」
 返事をしない妻の背中を優しく撫でさすってから、珊瑚がついた銀の簪を抜いてまとめ髪をほどく。窮屈な髪型から解放されて、ふっと繭は閉じていた瞼を開いた。
「……たつひろくん」
 肩に置かれた節くれだった掌をそっと握って離す。のろのろと顔をあげれば、幼い頃から変わらない真っ直ぐな瞳が飛び込んでくる。繭はすぐに目を伏せて壺庭へ顔を向ける。
 明かり取りの役目も果たす小さな中庭では、宵闇に浮かび上がるように桃の花が咲きほころんでいた。
 代々若い嫡流夫妻に与えられてきた南舘では特に桃が縁起の良いものだとされている。だから、調度品にも花咲き実る桃や梅の意匠がさりげなく使われているのだ。
 ーー若い夫婦の円満と、子孫繁栄を願って。

「……わかれて」
 
 無意識だった。かすれ切った声で囁いたことを気付く前に、痛いほどの力で両肩を引き寄せられる。
「……いま、なんといった」
 繭はぼんやりと龍浩を見上げた。月光に晒された秀麗な顔立ちは常とは違って眉間に皺がない。感情が抜け落ちた表情を目の当たりにしてはじめて繭は袖で口元を覆った。
「あ、たし……」
 なんてことを。いくらなんでもいきなり言ってしまうなんて。
 けれど転げおちた言葉はなかったことにできない。
「あの……肩、いたい……落ちついて、話そう」
「離縁について?」
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