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プロフィール
HN:
沙羅の語り部
性別:
女性
自己紹介:
沙羅ノ国。一般的には「シュアラ」の呼称がつかわれている。
帝と巫女姫が執政を行うこの国の、雅で切ない物語。名無しの語り部が語るとしよう。
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誤字脱字加筆修正は来週に(150709)






 一番最後に会ったのは2月あたりだったと思う。
『――繰り返します。この電車は現在、△△駅近くで脱線した車両の安全確認を行っており、緊急停止しています。お急ぎの方には大変申し訳ありませんが……』
 何回目かのアナウンスに、あちこちでため息やら舌打ちが響く。帰宅ラッシュの時間帯に不運なことだと、桜はぼんやり他人事のように考えていた。
「……苦しくない?」
 少しだけ顔を上げれば、いつもより近い距離に蒼牙がいる。桜は内心の動揺を押し隠して小さく頷いた。狭い車体にこれでもかと人が詰め込まれた状態で、蒼牙は桜の背中をドアに預けて半ば抱きしめるように人ごみから庇ってくれていた。彼の背中の向こうで、恰幅の良いサラリーマンが窮屈そうに身じろぎしているが、回された腕はびくともしない。
「……これじゃ、横浜に着くの遅くなるな」
「九重には伝えましたから……寮長も分かってくれます」
「それもだけど」
 むうと蒼牙は頬を膨らませて桜のつむじの辺りに顎をのせた。密着が強くなり、桜の鼓動がとくとくと少し早くなる。
「……せっかく、時間余ったのに」
 中華街をぶらつく時間ぐらいはあったのになあと不満げにひとりごちた。
「……次、行けばいいんだけど」
「暫く京都でしたよね」
 つとめてなんでもないような声色で指摘すれば、最近とみにがっしりとしてきた肩が揺れた。
「ああ。津守の仕事で。でもなるべく早く終わらせるから」
「……無理しないでください。私もアルバイトとか、ありますし」
 だから大丈夫と自分にも言い聞かせるように囁けば、つないだ手のひらに力が込められた。
「無理じゃないし、俺が保たない」
「……留学したらもっと会えなくなりますよ? そんなことでどうするんですか」
「それは先の話だろ。むしろ会えるうちになるべく会ってたいじゃん」
 背中に回っていた手のひらが伸びた黒髪を撫でる。優しい感触に、なぜだかとても切なくなってきてしまった。嬉しい言葉をかけられて、幸せなのだけれど、桜は離れ難くなるのが怖かった。
 留学を決めたのは自分なのに、会えば会うほど寂しさが募ってしまう。かといってまったく会わなくても良いというわけでもないのだ。会わなければ会わないで、落ち着かない。
『恋愛なんてどうにもならん感情を自制しようとするからだよ』
 千年生きた九重はやれやれと首を振っていた。我慢するとどこかで爆発してしまう、なんてことも言っていたっけ。
「……桜」
「え……あ、はい。何でしょう」
「……。何でもない」
 ひどく静かな声に違和感を覚えて身体を離そうとした途端、がたんと車両が揺れた。
「っ……」
 突然の振動に足がもつれるが、素早く抱きとめられてこと無きを得る。
「あ、りがとうございます……」
「寮まで送るから」
 耳元で囁かれるいつもの言葉。途端に熱が顔に集まって、桜は頷くことも出来ないまま、蒼牙の肩口に額を押し当てた。

 駅から学校の正門近くまで、たわいのないことを途切れ途切れに会話をした。最近ますますおしゃまになってきた隣の女の子、父親に似て気難しくなり始めた甥の話、大学で部活の他に甘味サークルに入ったことを明かされた時は思わず笑ってしまった。
「じゃあ東亰のスイーツはぜんぶ制覇したんですか」
「まあね」
 何故か誇らしげに言うものだから、また噴き出してしまう。そのままくすくす笑っていると、少し前を歩いていた蒼牙が足を止めて振り返った。
「……蒼牙くん?」
「いや、笑顔ちゃんとみとこうかなって」
 一瞬、なにかがよぎった。何気ない言葉なのかもしれない。それでも、不安を覚えて笑い続けていられるほど器用ではなかった。
「……危険なお仕事なんですか?」
 蒼牙はまばたきして首を傾げる。
「いや。普通に依頼が二件と鏡に寄るだけ。なに?」
「……崩れた石垣が視えたので」
 桜が青い顔で伝えると、蒼牙は暫く思案してから薄く笑った。
「確かに古城跡に行くから、気をつけるよ。ありがと」
 特別嫌な予感というわけではないけれど、桜は強張ったままでいた。蒼牙はそんな桜の肩を抱き寄せて、右の手のひらで白い頬を包み込むように撫でた。
無意識に桜はぎゅっと目をつぶる。
「あのさ、もっと力抜けよ。あと、こないだキスした時、息止めてたでしょ。ちゃんと鼻から息しなって」
 柔らかく鼻をつままれて、桜は真っ赤になって蒼牙を睨んだ。
「まだ、慣れてないんですっ」
「馬鹿。いい加減慣れろよ」
「ば、馬鹿ってなっ……ん!」
 確かに前世では恋仲から夫婦までを体験したけれど事細かに覚えていられるわけがない。印象に残る出来事を途切れ途切れに覚えていて、短かったけれど幸せだったな、と振り返る程度だ。
 蒼牙の言葉に桜はそう反論しかけたのだが、苦情を言い終わらないうちにあっというまに唇を塞がれた。
 唇からするりと温かい舌が侵入してくる。角度を変えながら深くなっていく口づけに、冷え切った身体に痺れにも似た熱が走った。
「んんっ……」
 息をしないと、溺れてしまう。けれど捕らえられた舌に意識が行って、呼吸に集中できない。
 こんなに長いキスは初めてだった。
 いつもなら、もうとっくに終わっているはず。一向に放す気配を見せない蒼牙に戸惑いながら、彼の腕をぎゅっと掴んで桜はつたなく応えた。濡れた音がひそやかに耳を犯して、頭の芯が蕩けてしまいそうだった。
 雪でしっとりと重みを増した長い髪を絡めるようにかき抱かれる。間近に感じる体温が自分のものか、蒼牙のものか分からなくなった頃、名残惜しげに下唇を食まれて、温もりが離れていく。その拍子に充血した目尻からほろりと涙が溢れた。すっかり身体に力が入らなくなった桜はくたりと蒼牙にもたれかかる。
 荒い呼吸を整えていると、凍えるほど冷たい空気が一気に戻ってきて上気した肌を撫でた。その間、蒼牙は優しく桜の頭を撫でて、背中をぽんぽんとあやすように叩くものだから、恥ずかしさや訳の分からない切なさに桜は涙がとまらなくなってしまう。
「……やっと素直になった」
「……どう、いう……」
 肩を震わせながら泣く桜を強く抱きしめて蒼牙は苦く笑った。
「お前、変に頑固なんだもんな。溜め込むなよ」
「……大丈夫です」
「はいはい」
 ただ、びっくりしただけ。そう言い聞かせて唇を噛む。
 彼の腕の中は凶悪だ。抱き寄せられると、かたくなな気持ちがいとも容易くほぐれてしまう。これ以上甘えてしまえば、もっと触れていたくなるし、涙どころか胸の内もさらけ出してなにもかも溢れてしまうような気がした。
「……あっちでひと段落ついたらすぐ連絡する」
 桜の涙が止まるのを待ってから、蒼牙は彼女と視線を合わせる。そして、悪戯めいた笑みを浮かべながら涙の跡をぬぐった。
「それまでに考えておいて欲しいことがあるんだけど」
「?」
「そろそろ俺に桜をちょうだい?」
 その言葉に、たっぷり三十秒は固まった。これ以上ないほど顔を染めて蒼牙を見上げれば真摯な色を帯びた黒曜石の瞳とかちあった。
「……その……」
「一ヶ月ぐらいはあるからさ。期待してるよ」
 にやっと口角を上げて、蒼牙は掠めるようなキスを桜に落とした。あまりにも鮮やかな不意打ちをうたれた桜が我を取り戻す前に、蒼牙はさっさと桜を門の内側に入れると踵を返して行ってしまう。
「ば、ばかっいじわるっ」
 結局、桜が羞恥に震えて叫んだ頃には、蒼牙の背中は夜闇に紛れて見えなくなっていた。


 ※※※


「――ら、桜。聞いていますか?」
 花鋏を持ったままぼんやりしていた桜に、凛とした声がかけられる。
 桜が慌てて振り返れば、半ば呆れて笑っている叔母の姿があった。
「会わない間に、随分と趣向が斬新になりましたね」
 意味が分からなくてきょとんとしていると、雪音は澄ました顔で桜がいままさに抱えている花の束をとった。
「姫踊り子草に木瓜……クリスマスローズ。お母さまが所望したのは三月のお茶の間に合うもの……だったと思うのだけれど」
「えっ?!」
 たしか水仙を一輪だけ持っていこうと思っていたはずなのに。桜はスカートを揺らして辺りを見回した。いつの間にか水仙の咲く一角から離れていたようで、がくりと肩を落とす。
「お姉さま……ごめんなさい。摘みなおします」
「わたくしは嫌いじゃないけれどね。折角だからわたくしの部屋に飾ろうかしら。タイトルは、そうね。『恋患い』などいかが?」
「お姉さまっ」
 ちゃめっけたっぷりに叔母にからかわれて、桜はきゅっとまなじりをあげる。雪音に堪えた様子はなく、傍の女中に花束を預けて代わりに水仙を手折って先に戻るように指示した。
「こんなに明るいうちからあのように熱っぽいため息を繰り返して。よっぽど恋しいのね」
「ち、ちが……」
「あら。違うのですか?」
 清廉さを落とした紫の瞳に真っ直ぐ射抜かれて、桜は口をつぐんでしまう。真っ赤になって、涙目のまま俯く姪の愛らしいことといったら。ついつい意地悪をする程度でよく堪えられるものだと姪の婚約者を褒めたくなるような気持ちになった。
 咲き綻び始めた桃の花びらがどこからか舞って、澄んだ池に綾錦を描く。その様子をのんびり眺めながら、雪音はうたうように紡いだ。
「桜はよく頑張っていますね。お父さまも成績表に満足でいらしたわ」
 高校に入学して一年。体調を崩すことなく学校生活を送れていることに、雪音の父母(桜の祖父母)はじめ桜の兄弟も喜ばしく思い、紫鳳院の家はお祝いムードである。けれど本人はというと。
「京都なら、いけない距離ではないでしょうに」
「……お仕事ですもの」
「聞きわけが良くてよろしい。……お父さまや雪路ならそういうでしょうね」
 でも自分は好ましいと思えない。雪音はそっと桜の背中を撫でた。桜は涙がこぼれないようまばたきをしながら無言で首を振る。
「……桜、誰かに遠慮してはいませんか」
「え?」
 思いもよらなかった言葉に、桜は思わず顔をあげた。静かな瞳が自分を見つめている。遠慮? 誰かに?
「そうね……まずは、九重殿辺りかしら」
「……それは」
 千年前と同じく笑いかけて護ってくれる少女。彼女は、目覚めるかどうかわからない恋人の還りを待ち続けている。
 それがどんなに辛いのか、桜には分からない。桜は短い生の中でもひたむきな愛に満たされていた。
「……それから、これ」
 すっと差し出されたものに、桜は息をのんだ。雪音のてのひらの上にはハンカチに包まれた血に染まった簪があった。もとは白い縮緬で作られた零れ桜が黒く変色し、飾りとしてついていた琥珀の珠は砕けてしまっている。
「宝物庫でやけに熱心に見ていたから、目録も調べたのでしょう。――この記憶を読もうとしましたね」
 厳しい物言いに、肩を震わせる。京都にほど近い山ぶかい里でこれは見つかったらしい。小さな社で、ひっそりと大斎院の末姫の遺品として祀られていたのを、去年宮司の家系が断絶した後、神宮の手を経て紫鳳院の家に届いた。
 最期まで気がかりだった末の姫。歴史では東国で病死したとされた、娘。この簪を見たとき、かすかに娘の気配がした。間違いなくあの子が使っていたものだと確信したのと同時に、疑問と不安を覚えた。
 何故、血に塗れているのだろうかと。
 桜は髪一筋遺さず火葬にするよう夫や子ども達に求めた。万が一髪や血液が悪用されたら取り返しのつかないことになると考えたからだ。前世では、自分でさえ持て余した持っている異界を開き天地を寄り合わせる甚大な神力が及ぼす周囲への影響に常々怯えていた。天女神によれば桜の魂は特別清浄なのだそうで、やはり灰にしてよかったと安堵した覚えがある。
 けれど生まれ変わって歴史を紐解いてみれば、その判断が余計な弊害を生んでしまったことを知った。
「天女信仰については、確かにわたくし達が原因ね」
 すっかり血の気が引いた両頬を、雪音の手のひらが優しく包み込む。琥珀の瞳と紫水晶の瞳がひたりと合った。
「わたくしもここまでは考えていなかったわ。神宮省の立場になって考えてみれば、混乱期を平定した斎院が二代続けて遺体をのこさなかったのはさぞや惜しかったことでしょう」
 かつて伽羅と沙羅両国の斎王を務めた大斎院と、国の平定を見届け最期まで信仰に殉じ深山にわけいった鈴鹿斎院はこの国で最も有名な斎宮だ。そのどちらも、生前をしのばせる縁(よすが)を遺すことはしなかった。
 大斎院の死後、二人が起こした功績を奇跡だと謳っていた者は噂や逸話を真実だと思いこみ、実在の人物とはかけ離れた理想を肥大させ、やがて〝天女信仰〟として国中で崇められた。そして、それは遺された桜と蒼牙の子ども達を巻き込んだのだという。
「……私は……しらなければならないと」
「駄目よ。桜」
 間髪いれずに否定されて、二の句をつごうとする間もあたえず雪音は続けた。
「勝手な妄執や狂言に囚われた者、それに巻き込まれてしまった人にまで責任を感じることは無理だわ。だってわたくしたちは死んでしまっていたのだから」
「……でも、私はあの子達の母親でした」
「桜、すべてはわたくし達の死んだあとに起こったことよ。そして、過ぎてしまったこと」
 肩を強く掴んで諭す叔母の言葉に、桜はまだ幼さの抜けない顔を歪ませた。潤んだ琥珀の瞳は、やるせなさに揺れていた。雪音は簪をハンカチで包んで袖の中に仕舞うと、もう一度言い含めるように桜に語りかける。
「それでもあなたの言う通り、親として背負いたいのなら、蒼牙殿と分かち合いなさい」
「おねえさま……」
「子どもは、親が二人いないと生まれないわ。知るなとは言わない。けれど知る時は〝今〟じゃない。だから、時期が来るまでこれはわたくしが預かります。――良いですね?」
 いま向き合うことだけを考える。まずは、蒼牙との関係に集中しなさい。そう叱られた気がして、今度こそ桜は頷いた。
 姪が納得したこを確信したのか、雪音はぱっと表情を切り替えた。
「ところで、蒼牙殿が本家に帰って来ていることを桜は知っている?」
「えっ?」
 確か、二月は帰れないと言っていたはずなのに。桜は首を振ってから、はっと目を見開いた。
(崩れた石垣……)
「怪我……」
「ええ。あちらで落石にあったようよ。頭を打って、足にヒビが入ったくらいですって。ただ、大量の邪気にあてられてなかなか回復が遅いみたい」
 頭がぐらりと揺れた。寂しさを紛らわせるためにアルバイトと学業に没頭して、東鬼家に連絡もとっていなかった。
 思わず走りだそうとした桜の腕を雪音がたやすく捕まえる。非難の目を向けても、叔母はさっぱりした表情のままだ。
「おねえさま、いかせてくださ……」
「正面から行っても会わせては貰えないわ。わたくしも青玻に固く口止めされているのだから」
 青玻が雪音から離れて蒼牙の浄化に専念しているとなると、余程ひどい状態ということだ。いてもたってもいられない気持ちを持て余している桜の顔をのぞきこんで、雪音は声をひそめて囁いた。
「正面から行けないのなら、こっそり入ってしまえば良いのよ」
「……は?」
 雪音はにっこりと笑みを深める。それは、叔母がとんでもない思いつきを実行するときに浮かべるとびきりの笑顔であった。

 →続く←
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