忍者ブログ
シュアラ編中心サイト。
最新コメント
[01/22 小春]
[01/21 梧香月]
[09/12 日和]
[09/12 梧香月]
[09/12 日和]
プロフィール
HN:
沙羅の語り部
性別:
女性
自己紹介:
沙羅ノ国。一般的には「シュアラ」の呼称がつかわれている。
帝と巫女姫が執政を行うこの国の、雅で切ない物語。名無しの語り部が語るとしよう。
[217]  [216]  [215]  [214]  [213]  [212]  [211]  [210]  [209]  [208]  [202
まどやんは犠牲になったのだ……(`;ω;´)ハイル・マドカ! 前半と後半の温度差で風邪を召されませぬように。使用BGM:【「ロミオとシンデレラ」を1ミリも知らない弟の姉が想像で歌ってみた】http://www.nicovideo.jp/watch/sm10830499(15/01/09)






【恋の手習い】



 あきらの16歳の誕生日。正式に龍彦と結納を交わした。薄紅色の色打掛は淡く、さながら花嫁のようだと一族の皆が誉めそやす。
 龍彦を見上げる瞳に、怯えや不安はなく、星屑をまぶしたように輝き、頬は紅潮していた。婚約の証として指輪をはめてやると、はしゃぐのをじっと堪えて、嬉しそうに微笑んだ。
 衆目の目がなかったら、抱きしめてしまいたいほど愛らしかった。
 分別。分別。心のなかで唱えていると、すぐ下の義弟と末の義弟の生温い眼差しとかちあった。
 しかも後日、円にいたっては得意げに見た目は菓子箱のような、いわゆる避妊具をこれまたご丁寧に水引をつけてよこしたのでその場で背負い投げをしておいた。


 さて大学生になってから一人暮らしを始めた龍彦であるが、これにはかなり反対の声が上がったのが記憶に新しい。特にしつこく食い下がったのが叔父の青玻とすぐ下の義弟である。その理由はあきらのように寂しいと泣いてしまう……ような可愛らしいものでもなんでもなく。
 龍彦が壊滅的な機械オンチである。このただ一つの悲劇にあった。携帯端末は一ヶ月に一度は壊し、家電に触れようもんなら祟られたように爆発ないしは動かなくなる。とにかく、デジタル化する現代社会の死神、と末の弟が異名をつけるほどひどい。だから幼馴染とルームシェアしろとの声が上がったが、何が悲しくてあの暑苦しい男と同居せにゃならんのか。とりあえずその幼馴染と隣同士になるとのことで決着がつき。大きな事故を起こすことなく一年。なぜか叔父に引き止められていた義妹が、その叔父の指図によって家事をしに来ることになった。
 なんとなく面白くなかったが、合鍵を渡した時のあきらがあまりにも素直に頬を染めて嬉しいと言ってきたので、チャラにすることにした。可愛いは正義。考えたものにノーベル格言賞を与えたい。あるかしらんが。
 それから二年。やっとここまでこれた、という事実に、しみじみ感じ入ってしまう。前の教訓を生かし、二年の間を無駄にはしなかった。きっちり互いに自覚しての婚約である。
 さてその可愛い婚約者との過ごし方であるが、一度口を滑らせた時の円曰く『それ絶対あきちゃんがお前に合わせて我慢してんだって! これだから甲斐性のない男は!』らしい。後半はお前が言うなと返す前に身体が勝手に腕ひしぎを決めていた。丈夫な幼なじみをもてて鬱憤がたまらないのは健康にとても良い。
 話が逸れた。自分は大学三年生、あきらは高校一年生。龍彦は進路は確定済み。しかし、副専攻に政治経済をとり、興味のある科目を手当たり次第にとっているので五限や六限までぎっしりある日が三日。あとは四限まで。なので、必然と平日にあきらと過ごせるのは彼女が帰る間際で、二時間あるかないかだ。叔父に決められた門限に縛られてゆっくり一緒に夕餉をなどと夢のまた夢である。
 だから休日は何があろうとあきらを甘やかすと決めていた、のだが。
 十四歳でここに通い始めたあきらは、普通の女の子が望むであろうことは何も強請らなかった。
 映画やら遊園地に行きたい年頃だろうと、と彼女が中学生の時から外に誘ってはいたが、八割方あきらはこのマンションでのんびりしたいとせがんでくる。お互いの課題を片付けたり、昼と少し早めの夕食をとったり。恋人になってからは手を握って昼寝をしたり。とりあえず自分にくっついていたいのか、と理解したのは婚約間際の時だ。
「あきら」
「なあに?」
 自分が座るソファの隣、ではなく足元のラグに座った婚約者を呼ぶと、屈託のない笑顔で見上げてきた。無言で手を掴むと、洗濯を終えたばかりの手は冷たく、かじかんでいた。さすってやると鈴のような笑い声が響く。
「龍彦さん、くすぐったい」
「霜焼け作るなよ」
「大げさね」
 弟達と違って、竹刀や木刀を握ることのない手のひらはすべらかで細かった。桜貝のような爪は小さいが形が良い。
「……警察学校に入ればそうそう帰れない」
「え?」
 唐突に切り出すと青みを帯びた瞳がまるくなる。顔にかかった前髪をはらって額に口付けを落とすと、さっとあきらの頬に朱が走る。
「なん……」
「聞け。大学でも、そうお前に時間を割いてやれていないのが現状だ。卒業すればもっと難しくなる」
 ふと、彼女の瞳が揺れて、それを隠すようにあきらは俯いてしまった。ため息をついてソファから立ち上がると、何を勘違いしたのかあきらが慌ててセーターの裾を掴む。宥めるように頭を撫でてあきらの前に片膝をつくと、おそらく無意識に安堵の笑顔を見せた。
「だから、今のうちにお前がしたいことを叶えてやりたいと思ったんだ。遠慮はしていないのだろうが、わがままぐらい言ってくれないとつまらん」
「つまらないって、ひどい」
「小さな頃はあれもこれもと言って泣いていただろう?」
 いつの話よと、少し声色を震わせながらあきらはそっと身体を寄せてきた。背中に手を回すと、思いの外強く抱きしめ返された。
「龍彦さんは、ないの? あたしとしたいこと」
 問わられて一瞬よぎった考えを無理やり打ち消して薄く笑った。
「お前が側にいれば概ね満足だ」
「……あたし、魅力ない?」
「は?」
 思わず間の抜けた言葉が出たと同時に、あきらが龍彦の肩に手を置いて顔を上げた。
「あたし、もうすぐ高二よ」
「知っているが」
「っ、だから」
 きっと睨まれて龍彦は瞬きをする。あきらの目尻いっぱいに溜まった涙はかろうじて零れない。
「……っ、おとな、にあつかって……」
 かちり、と音がした。胸の奥底に厳重に隠してある箱の鍵が回るような。
 沈黙を押し通していると、あきらはとうとう涙を零しながら叫ぶように言った。
「あたしっ、龍彦さんと会う日があるたび、洋服だって気合いれてるし、かっ可愛い下着、とか着ているのよ! 香水も化粧も龍彦さん嫌いだし、大人っぽい洋服着たいのに叔父上が胸つまったものじゃないとだめっていうしっ! でもっ、こ、これでもCはあるんだかっ……」
「落ち着け。あきら。分かったから」
 目の前で憤る愛くるしい婚約者の心を傷つけないよう必死に笑いを堪えながら宥めようとするが。
「分かってないもんっ! 両想いになっても恋人のキスはしてくれないじゃあない!」
「恋人の……。普通にキスはしているだろう」
「ちがーうっ」
 あきらはぽこぽこ龍彦の胸を叩く。気が済むまでやらせると、あきらは肩で息をしながら、顔を歪ませた。
 時は少し遡り、いよいよ冬休みに入る終了式の日のこと。
『えーっみぃちゃん、ミラコ○タに彼氏と泊まるのっ?』
 社会人の彼を持つ友人は嬉しそうに頷く。すると、あきら達はきゃあと色めきだつ。
『この時期によく取れたわね』
 一人歓声に混じらなかった萌が、微笑みまじりに感想をのべると、そのみぃちゃんは机を叩かんばかりに興奮し始めた。
『そうなのよ。なんか、去年から考えてくれてたの! 超嬉しいっ』
『それじゃあ、みぃ、ついに〝初めて〟を捧げちゃうってわけ?』
 校則ぎりぎりに脱色した少女がしたり顔で彼女の脇を突く。みぃは嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった顔を覆って歓声を上げた。
『だよね! ついにきたよね! 下着どうしよー! りーこ、一緒に選んで! アドバイスもお願い!』
『仕方あるまい。恵比寿のジェラートで手を打とう』
『たかっ! もう仕方ないなぁ。あきらはどうなの? その指輪の彼と』
 ほえー、と会話を聞いていたあきらはきょとんとした。誰もいない教室の中、窓の向こうでキャッチボールに興じる男子の野次が聴こえてくる。雪が降り始めているのに元気だなあと思いながらあきらは素直に答える。
『どうって……クリスマスは実家で一緒に……』
『違うよ。もう婚約もしてるんだし、〝初めて〟もあげちゃってるわけでしょ?』
 ここでひくりと萌の笑みが引き連れたのには誰も気づかない。どうして長期休み前になると、十代の若者はあらぶるのだろう。天然培養に拍車がかかった親友の答えを聞けば更に荒んだ気持ちになるので萌は無心に今日買ったばかりの雑誌をめくった。ちょうど人気ドラマの主演女優が着ている芥子色のセーターと青い花柄のスカートに目が止まり、値段を確かめる。バイト代だけではちょっと苦しい。
『初めてって……』
『とぼけないでよ。もう。SEX!』
 おいこら人がいないからって叫ぶな。萌は思わず心の中で突っ込んだ。ちらりと開け放たれた廊下側のドアを見る。誰もいないことを確かめて、ずれた膝かけを直した。
『やだりーこ声でかい!』
 そういうみぃもかなりの大音量だ。もう完全に暴走している友人二人に唖然としてから、あきらは顔を真っ赤にした。さもありなん。純粋培養にはさぞや過激な言葉だろう。
『してないよ!』
『はあああっ!? 嘘でしょ!?』
『こらあきら。合鍵まで持ってて何もないとは言わせないわよ』
 力いっぱい否定しても火に油。そのまま尋問にあい、本当に軽いキスまでしかしたことがないということまで吐かされ、あきらはたじたじになった。
『じゃあディープもまだってこと……?』
『ディープ?』
 あ。このワンピース部屋着に良いかも。安いし。ZA○Aってリーズナブルよね。萌は戦線離脱したまま、あきらを助けない。ここで甘やかしてはいけないのだ。年頃らしく自覚してもらわなければ。
『恋愛洋画でやってるふかーいキス! これは流石にわかるでしょっ』
『あ、ああああれ? うん、まだ……』
 間。
 みぃとりーこはあきらから離れて年末セールをチェックしている萌に近付いてきた。
『ねえ、マジ?』
『さあ』
 どうでもよくはないが、とりあえず気のない返事をする。騒ぎ立てるのは性にあわない。だが、盛りあがった女子高生の暴走は止まらない。そうか、とみぃは何故か確信に満ちた眼差しであきらを振り返る。
『あきら。ぜーったい彼氏に我慢させてる!』
『我慢……?』
 少し傷ついたような表情を浮かべるあきらに気付かないまま、自称百戦錬磨のりーこがぼそり追い打ちをかけた。
『あり得ないよ。溜まったらどうやって処理してんのあきらの彼氏……。まさか浮気されてるんじゃ』
『りーこ!』
『野沢さん』
 この発言ばかりは萌までもりーこを睨んだ。睨みつつ、結局自分は親友に甘いのだとため息をつきたくなってしまう。真っ青になったまま固まったあきらを見て、りーこは慌ててフォローをいれる。
『ごめん。冗談。ごめんねあきら! あきらの彼氏、タメの奴らと違ってすっごい誠実な人だからそれはないよね。ただ、ほら、あきらだって一歩先に進みたくない? クリスマスとか冬休みはイベント目白押しじゃん!』
『そうだよ! きっと彼氏さんはきっかけを待ってるんじゃあないかな? あきらから押しちゃえ!』
 加勢したみぃがあきらに抱きつく。りーこもそれにならい、両側からあきらをぎゅうぎゅう抱きしめおしくらまんじゅう。
『あきら美人なんだから自信もって! あたしも頑張るから!』
『そうそう。なんなら下着一緒に買いにいこ? 安くて可愛いお店紹介したる!』
 下着。あきらは目から鱗だった。私服については叔父の厳しいチェックが入るし、もうちょっと露出したいなどと次兄に相談すると無言で頭をはたかれてしまう。けれど下着ならば、外からは見えないから自由にできる。そろそろ白のレースから卒業する頃合いなのかもしれない。二人の言葉と体温に励まされて、あきらは力強く頷いた。
『頑張る!』
 夕日を背景に繰り広げられる熱い女子高生の友情。この寒いのによくここまで盛り上がれるものだ。
『萌もいこうよ!』
『あたしパス』
 萌は冷めた目で彼女達に一瞥をくれてから雑誌に視線を戻す。あきらとみぃとりーこはそのテンションを保ったまま〝恋人との甘い夜のための準備(笑)〟に身を投じるべく学校を後にしたのだった。

 回想終了。

「……」
 笑ってはいけない。龍彦は強く己に言い聞かせてから、説明の中で納得いかない部分を否定することから始めた。
「誰が浮気だ。あきらも本気にするな」
「ん……」
 歯切れの悪い応えをする少女の様子に苦く笑いながら頬を撫でる。ころりと零れた涙をすくって、あらためてあきらの今日の服装を眺めた。そういえば、彼女に毎度似合うかと聞かれても頷くか相槌をうつぐらいしかしなかった。
「服まで気がまわらなくて悪かった。だが、変だったことはないぞ。いつも可愛いと思っている」
 あきらが着ていればぶっちゃけなんでも良いのだが、過去着ていた服も、いま着ている服も、龍彦の好みから外れてはいない。
 柔らかい黄色のセーターは腰より短めの丈で、下品にならない程度に襟繰りが開いている。スパンコールのついた青いレースのキャミソールが胸元をきちんと隠していた。コーラルレッドのフレアスカートは膝下ぎりぎりでふんわりしたシルエットを作っている。
「ほんと……? 子どもっぽくない?」
 上目遣いに尋ねながら、胸元を飾る細いチェーンに通した指輪をぎゅっと握りしめた。なんだこの可愛い生きもの。龍彦は頷いて小さく微笑んだ。
「結構前から俺はお前を女としか見ていないぞ」
 さらっと贈られた言葉に、あきらは首筋まで真っ赤に染め上げる。龍彦はぽんと頭を撫でてから、細い背中と膝に腕を入れてなんなくあきらを抱き上げた。
「きゃっ? ――ッん、ぅ」
 ソファの背もたれにあきらを押し付けて覆い被さるように龍彦が口付ける。触れるだけのものから軽く食むようなものへ。いつもだったらここで終わってしまう。終わらせないでと紡ごうと唇を開くと、その僅かな隙間から生温いものがするりと入ってきた。
「んっ?」
 あきらは身体をびくりと身体を震わせた。これはなに。求めていたキスの一歩向こうの段階。それは分かっている。けれど、密やかに口吻を犯す正体に思い当たった時、頭が茹るような熱に襲われる。あまりの羞恥に混乱したあきらは思わず声を漏らしてしまう。
「ゃ……っ」
 小さな怯えの声と華奢な身体の震え。これだけ近いと隠しようもない。ここで終わりだと言うかのように吐息だけを残して龍彦がゆっくり離れて行った。
 火傷するかと思うほどの熱が、一瞬で冷めてしまう。それが、寂しくて、切なくて。反射的に龍彦の青いセーターを掴んだ。
「や、まって、ちが……っ」
 虚を突かれたような瞳が、驚くほど近い。怯みそうになったけれど、そのままあきらは龍彦の唇を追いかける。震える唇と薄い唇が軽く触れ合った。
 龍彦は目を細めると、あきらの腰と背中に手を回して、ゆっくり叩いた。あきらの震えがおさまり、肩の力が抜けるまで。
 あきらの身体から強張りがとれたのを見計らうと、触れるだけのものから柔らかく啄ばむような動きに変えて唇を愛撫する。かすめるように舌先が唇に触れてきて、あきらは頭の芯がぼうっとした心地にひたりながらそっと唇を開いてそれを迎え入れた。
 ゆっくりと歯列を割って、舌の上をことさら優しく撫でられる。じんわりと生まれた熱が痺れを帯びて身体中を走る。胸が熱くて、苦しくて、酸素を求めて唇を開ければ、あきらの舌が捕えられた。
「ふ、…っ」
 火照った頬に、ほろほと涙が伝う。ざらりとした指先がそれを拭い、螢貝で磨いたように艶めく黒髪を撫でつける。一度深く絡めて、下唇を吸ってから唇を離した。
 ゆっくり身体を起こすと、蕩けた瞳はどこかぼうっとして、少し癖のある長い髪は乱れてソファに散らばっている。荒い息をつむぐ桜桃の唇から覗く朱い舌が艶めかしい。
「大丈夫か?」
 あきらは息を整えながら頷いて微笑んだ。その無防備な笑顔に一瞬釘付けになり、目線を泳がせた。
 服から見える白い肌が紅くなっている様までも目の毒で、さり気なく露わになっている鎖骨から目をそらす。これ以上は色々危険だ。
 不意に、するりと首筋に細い腕がからんだ。吃驚するほど儚い力で抱きつかれる。かすかに甘く薫る肌が密着して、ぎくりと龍彦は身体を固めた。
「たつひこさん、すき」
「……お前は俺を試しているのか?」
 とりあえず抱きしめ返しながら問うと、腕の中で愛しの婚約者は首を傾げた。着崩れてむき出しになった肩にためしに手を這わせると、少女は面白いくらいに跳ね上がる。
「ひゃっ、や、な、なにっ?」
「我慢させてると思うのなら、もう少し大人になれ」
 あまり待たせてくれるな。そう耳元で低く囁くと、最初は戸惑う表情を見せたあきらだったが、頬を赤く染めて口をとがらせた。
「……あたしだって……なにするかは、わかってるわ」
「聞きかじりだけだろう」
「……そう、だけど……」
「別に焦らんでも良い。その前に、この程度で気を失いそうになっているお前にはまだ早い」
 その言葉にあきらはしゅんと肩を落とす。龍彦は無表情の下で、落ち込みたいのはこっち……いや分別、分別。と自身に言い聞かせた。
 落ち込んだままなにしておくのは忍びないので、龍彦は悪戯っぽく笑いながらあきらの?をつついた。
「可愛い下着とやらが見れないのが残念だが」
「あ、あれはっ! 口が滑っちゃって……」
 お願い忘れてと胸に真っ赤な顔を埋めてくる。初々しい様子に思わず小さく噴き出すと、顔を上げたあきらが龍彦の?をつねった。
 そうやってじゃれているうちに、ふと瞳と瞳がぶつかって、吸い寄せられるように唇が重なったその時。

 ピンポーン。
 と無機質なチャイムの音がダイニングに響いた。

 ソファにぬいとめられたまま、あきらはびくりと身体を震わせる。
「龍彦さ……んっ」
「放っとけ。どうせセールスか何かだ」
 インターフォンのモニターに目もくれずに荒々しく小さな唇を塞ぐ。
深い動きに翻弄されている間に、服越しに背中を辿るように撫でられて思わず身体をよじった。
「ん、っゃ……」
 覆いかぶさってくる龍彦の胸元を押し返そうとするが、しがみつくのが精一杯。指先を絡めて、さらに口付けは深くなる。

 ピーンポーン。

(だめ……なのに……)
 抗おうとする唇からは吐息まじりの声しか出せない。またじんわりとした熱が身体をゆるく拘束する。
 誰かが外にいる。こんなことやめなくてはと思うのに、舌の根元や顎の裏を生温いものが這い回るたびに訪れる甘い痺れに犯されて動けない。

 ピンポン。ピンポーン。

「ぁっ……の、龍彦さ」
 ストッキング越しにふくらはぎにそっと触れられて、あきらは目を見開いた。
「だ、めっ、んんっ」

 ピンポン。ピンポン。ピンピンポーン!!
 ガチャッ。バタバタ。

(がちゃ……?)
 帳がかったように霞む思考の中で、唇が解放される。二人をつなぐ細い銀糸が頼りなげに揺れてぷつりと切れた。

 バタバタバタバンッ!

「寝てる場合じゃねーぞ龍彦! ホシが現れやがっ……」
 ダイニングの扉を蹴破る勢いで開き、室内を見て硬直した円の姿に、龍彦は盛大な舌打ちした。
 突然のことにやはり固まったあきらは恐る恐る自分の格好を見下ろした。
 龍彦にソファに押し倒されている。円からはぎりぎり見えないだろうが、セーターは着崩れ、レースのキャミソールがズレて微かに胸元から下着が露わになっていた。しかも、片方のスカートが太ももまでめくれあがって……。
 円からどう見えるのか、を認識したあきらは、悲鳴をあげて龍彦を思いっきり突き飛ばした。その後コートだけを抱えて部屋を駆け去る。
 身体をよじってあきらをソファに縫いとめるように覆いかぶさっていた龍彦は、不意に突き飛ばされた勢いのままあっけなく均衡を崩してしまう。そしてソファから転げ落ちるようにして、ラグの上にあるガラスのリビングテーブルの角に強かに頭を打ちつけた。
「……っ!」
 ごんっと鈍い音がした。円はその音で我に返り、龍彦がその場に蹲っていることに慌てた。
「た、龍彦!?」
 龍彦の傍に屈むと、彼は後頭部を押えて痛そうに呻いてから、地を這うような声色を出す。
「膝十字固めのち渋谷のスクランブル交差点で投げっぱなしジャーマンか歌舞伎町で全裸になり『楽しい』と連呼しながら走り回るか選べこの歩く猥褻物」
「なにその残酷な選択と酷いあだ名!? どっちも地獄じゃねーかしかも後半絶対捕まるんですけど!?」
 ぎっと龍彦が円を睨む。それだけでライオンも柴犬化すると称される鋭い眼光に、やばいめちゃくちゃキレてると円は冷や汗を流した。
「お前にノックという文化はないのか? あ?」
「申し訳ございません」
 床に這いつくばって謝ると、龍彦はふんと鼻息を流してそっぽをむく。
「……正直助かった」
 何がと問い返す前に、円は一分の隙もない華麗な二段背負い投げをくらわされてあっけなく昇天した。
※※※


 丸裸の並木道、吹き荒ぶからっかぜ。学校規定の黒のダッフルコートに身を包んだ篠田悠はスーパーの特売を満喫してほくほく気分だった。
 明日は友達と某夢の国に行って忘年会である。兄のマンションが日比谷線の乗り換えが楽な場所にあるので、今日はこのままお泊まりだ。帰りは兄が車で迎えに来て、そのまま実家に帰って年越しである。悠は段取りを確認しながら道を急いだ。
 今日の夜と明日の朝は一緒に食べるとして、昼と早めの夕食を用意して、食器の片付けを兄にやらせる。食器洗い機という文明の機器があるのだからこれくらいはできるだろう。先週大掃除も済ませたから、今日は掃除機をかけて、洗濯を畳めばOKだ。
 幼なじみといまハマっているコンビニスイーツ最強決定戦で一位に輝いた生クリームのせプリンも買ってある。
 ふんふんと鼻歌交じりに十階建てマンションに着いて、エントランスから合鍵でロビーに入ると、管理人の老人は管理人室で座りながら眠りこけていた。母から菓子折りを預かってきたのだが、後でいいかと悠はこだわりもなく通り過ぎる。
 その時。ぴりりとうなじに嫌な感じが走った。何気ない風を装いながら視線を走らせる。郵便BOXが並んでいる一角に、帽子を深く被ったでぶの男が佇んでいた。じ、とある部屋の郵便受けをギラついた目で睨んでいる。
(……すっごい不審……)
 関わらずに離れようと歩き出して、ぎょっとした。ロビーのソファに頬っぺたを紅く染めた隣の家の、というか幼なじみの姉が俯いて座っていたのだ。
「あきらお姉ちゃんどうしたの?」
「……悠?」
 顔を上げたあきらを、悠は思わず凝視してしまった。
(な、なんか一晩会わないうちに色っぽくなった!?)
 コートは本当に袖を通しただけで、熱いのか首筋に張り付いた髪の筋にまで小学生ながらもドギマギしてしまう。姉と呼び慕うあきらは、年下が言うのもなんだが、あどけなさというか、少女っぽさが全身に出ている人だったような。
 いや、そんなことはどうでもいい。こんな無防備な美少女をさっきの変質者候補の近くに置いては危険だ。
「どうしたの? 龍彦お兄ちゃんと喧嘩でもした?」
「ううん、違うわ。喧嘩じゃあないの……」
 しおれる姿までもが淡い色気を思わせる。一体彼女の婚約者は何をしたのだろう。聞いても野暮だが。
 あきらは恥ずかしそうに悠を見上げた。
「あのね。あたし、龍彦さんの部屋にバッグ置いてきちゃって……迷惑じゃあなければ取ってきてくれないかな?」
「いや迷惑じゃあないけど、一緒に行こうよ」
 ちら、と振り向いてすぐ顔を戻す。変質者候補が郵便BOXスペースからのっそりと出てきた。視線がこっちに向いたのが背中越しにも分かる。
(さては、あきらお姉ちゃんのストーカーか! おじいちゃんまじで起きろ!)
 うつらうつら白河夜船の管理人に念を送るが届かない。その一瞬が仇になった。
「じゃじゃじゃまだぁああ!」
「悠!」
 あきらが目の前にいた悠を抱きしめて床に倒れる。視界の端に光った銀色に、悠は舌打ちをした。
(バタフライナイフ……!)
 悠越しに男が刃物を出したので咄嗟にあきらは悠をかばったのだ。しかし護身術を少し嗜んでいるあきらにはそれが限界で、必死に気丈な振る舞いをしようとしているのが痛いほど伝わってきた。
「あきらお姉ちゃん、大丈夫。あたしに任せて」
 威嚇をこめてランドセルを床に叩きつけると、太った男はナイフを握ったまま肩をびくつかせた。
「最初にやったのはそっちだからな。専守防衛、正当防衛決定!」
 買い物袋から卵パック(お一人様3パック90円! しかも純国産!)を投げつける。
 うぎゃあと引き連れた悲鳴を上げながら、男は顔の卵をぬぐってデタラメにナイフを振り回した。背後であきらがあまりの恐怖に両手で口を塞ぐ。
 悠は鼻で笑い、手提げからバトントワリング部のバトンを引き出して切っ先を突き付けた。
「男なら正々堂々当たって砕けろ! つかじいちゃんいい加減起きて警察呼んで!」
 まだ眠っているとはなんて図太い管理人だろう。いつもならしっかりものの妻がいるはずなのに、さては愛想を尽かされたか。毒づきながら悠は構えを正して暴れる男を睨む。
「ぼぼくのもものなんだぁ!」
「はっきり喋れや肉布団!!」
 大きく振りかぶった男の腕を避けるように素早くしゃがんで足払い。体勢を崩した背中に容赦なくバトンを振り下ろす。
 めきゃあ。となんだか不穏な音がした。銀芯をいれた護身用だから当たり前だ。骨の一本や二本、御愛嬌である。
「ぎゃああああっ」
 ついでに壁に設置されている非常用ベルが目に入ったのでそれも思いっきり肘で叩き壊す。ガラスが割れる大きな音がした。
「じいちゃん警察! ってまだ寝てんのか殴るぞクソジジイ!」
 ジリリリッと鼓膜に痛い音が鳴り響く中、床に倒れ込んだ男の右腕を踏み潰してバタフライナイフを蹴り飛ばした。男は呆気なくがくりと力を失う。
 確かガムテープがあったなと投げたランドセルに目をやった瞬間、
「いやああっ!」
 往生際の悪い鏡餅はあろうことか床にへたりこんでいたあきらの足首を無事な左手でつかんだ。びり、とストッキングに伝線が走る。かっと頭に血が上り、あらん限りの力を込めて男の顔をバトンで殴り飛ばした。
「汚い手であき姉に触んなこの百貫デブ!!」
 返し刀の要領で後頭部にバトンをめり込ませ、更に二、三発顔を拳でぶん殴ると、今度こそ男は白眼を向いて動かなくなった。
「――悠! あきちゃん!」
「まー兄」
 エレベーターホールから転けつまろびつ走り寄ってきた長兄が、悠の顔を見てぎょっとする。
「おおおま顔に血がついてるぞ!?」
「ああこれ? 返り血。鼻血飛ばされた最悪。……あっ!」
 悠は忘れないうちにと、管理人室へ駆け寄り思いっきり管理人の頭を菓子折りで叩いてから、脇に置いてある電話で警察を呼んだ。
「グロテスクだから拭こうな?」
 なぜこんな逞しい子に……と涙ぐみながら円はパーカーの袖でぐいぐい悠の鼻と額についた返り血を拭った。
「あきちゃんは……うんそれが普通の反応だよな」
 一緒に来ていた龍彦が、遠慮なく変質者の手首をあらぬ方向に曲げて、あきらの足を解放した。殺気じみた眼で男を見下ろすと、がくがく震えながら涙をこらえているあきらを遠ざけるように抱き上げる。
「こいつ両腕イッたな……。あ、兄ちゃん、死んでない? 思い切り頭ぶん殴っちゃった」
 血糊がついたバトンを見せると円は慌てて男の脈をはかった。すると、ほっと微妙な表情をする。
「のびてるだけ。なんかブツブツ言ってるし」
「あー、よかった。殺人犯になるとこだった」
 ちっと傍らで舌打ちが聞こえたがスルーする。小学生で前科一犯になるのはお断りだ。

「あいしてるんです……」

 うわ言のようにそう繰り返す男が、少々哀れだったが仕方あるまい。手を出した相手が悪い。
「龍彦、警察には」
「お前が行け。こんな汚物のために割く時間などない」
 そう吐き捨てると、大量のジップロックを変質者に投げつけた。そこには写真とメモ、見たことはないがおそらく盗聴器が入っていた。
 うわーと悠が引いていると、龍彦視線を向けて来る。
「礼を言う。褒美はなにが良い?」
「お年玉奮発と、サマンサのポーチ!」
 すかさず返す。いやご褒美のためにやったわけではないが、遠慮する相手ではないので素直に強請っておくのが吉だ。
「プラスクリーニング代だな」
 そうして差し出された諭吉一名様を恭しくポケットに迎え入れる。コートも制服もそこまで汚れていないが、冬休みに入っていることだし好意に甘えよう。
「俺たちは上に戻る」
 龍彦の腕の中でぐったりと目を閉じるあきらはひどい顔色だった。悠は少し熱くなりすぎたと後悔した。普通の女子高校生の前で過剰防衛ぎりぎり、軽度の流血表現は褒められたものではない。
「あたしも警察にお話したら上に行くね。葛湯作るから時間の良い時に取りに来て」
「ああ」
 ここで龍彦の部屋に上がるなどと言ってはいけない。今更ながらサーティ◯ンの雪だるま大作戦状態のこぶをこさえている兄を見て悠はそう判断した。
 手を振って二人を見送ってから、一応ストーカーの腕をハンカチで縛っている円の横にちょこんと座る。なんとなしにジップロックを眺めていて、違和感を覚えた。
「こいつが龍彦お兄ちゃんを尾行してる写真ばっかじゃん」
「ん? ああ……」
「よっぽどあきらお姉ちゃんが好きなんだなぁ。んでもあきらお姉ちゃんを尾けてる写真なくていいの?」
 円は疲れた顔で悠の隣に膝を抱えて座り、遠い目をした。
「ストーカーの被害者は龍彦」
「は」
「よって逆恨みされたのはあきちゃん」
 指紋証明もあるし、大丈夫だろ。はははと乾いた笑いを漏らす兄の横顔から、肥えわたったトドのようなストーカーに視線を移す。
(ヒガイシャが龍彦お兄ちゃん。サカウラミされたのはあきらお姉ちゃん。そして目の前のこいつはストーカー)
「……うそおおお!?」
 非常用ベルは鳴り響き、管理人は呪われたように眠り続け、遠くからサイレンが近づいてくる。
 大晦日を明後日に控える日のことだった。
‐終‐
PR
Comment
name 
title 
color 
mail 
URL
comment 
pass    Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
コメントの修正にはpasswordが必要です。任意の英数字を入力して下さい。
管理人のみ閲覧可   
Template by Crow's nest 忍者ブログ [PR]