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沙羅の語り部
性別:
女性
自己紹介:
沙羅ノ国。一般的には「シュアラ」の呼称がつかわれている。
帝と巫女姫が執政を行うこの国の、雅で切ない物語。名無しの語り部が語るとしよう。
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タイトルがおもいうかばんぬ。まだ途中ですができたとこまで!(150828)
作業用BGM:『また あした(ELT)』|完成! 流稀くんのとこで何かあればどしどしいってくだりませ(150830)





 本当の本当は、きっと、
 あなたしか知らないの。


【恋の心地】


 ふと息をついて顔をあげると、教室には誰もいなかった。慌てて時計を見れば、もうすぐ中等部の最終下校時刻だった。
 手元に視線を戻せば、大分形になってきた手袋がある。メインの編み込みに夢中になってしまったようだ。二時間かけた割には歪だけれども。硬くなってしまっている部分もある。着け心地は、あまりよくないかもしれない。
 張っている腕を揉み解して、ためいきをひとつ。
 落ち込みそうになる気持ちを消したくて、立ち上がって窓を開けた。ひんやりとした風が頬や首筋を撫でる。
 カーディガンを持ってくればよかった、と後悔しながらぼんやり空を見上げた。五限目に見上げたときは、青天に薄雲がたなびく、見事な秋晴れだったけれどすっかり茜色に染まっている。この季節の夕焼けはとびきり綺麗で優しくて、でもどことなく切ない。
 夕日は見る間に色を変えていく。黄金を帯び、やがて琥珀色に輝きはじめる。教室をセピアに染め上げて。
 また、冷えきった風が襟や髪の隙間をとおりゆく。ほとんど無意識に、沙緒は呟いていた。


「手作りって重い、のかな」


※※※



 選択クラスで手芸をとっている女子は今週末までにマフラーを仕上げるのが課題だ。沙緒もその一人である。
 昼休みにせっせと女子がマフラーを編んでいると、気付いた男子達が面白がりだしたのだ。ちょうど沙緒が編み終わった途端、ひょいとそれは奪われた。
『なにするの』
 精一杯睨むと、友人達もその男子の行動に批難の声をあげた。
『一ノ瀬くんやめなさいよ』
『いいじゃないか。見るぐらい』
 だったら一言断って欲しかった。無意識に震えだす膝に力を入れて、立ち上がる。一ノ瀬は物珍しそうに笑っている。ある程度整った顔立ちと社交的な性格の一ノ瀬は初等科の頃からの顔見知りである。けれど面と向かって話をしたことはなかった。
『返して。課題なの』
 毅然といったつもり、だった。けれど溢れたのは泣きそうな、情けない声。まるで駄々をこねる童女のよう。案の定効果はなく、一ノ瀬は挑発するようにマフラーをぷらぷら揺らした。
『ムキにならないでよ。他の女子もさ、たかが課題じゃん。それとも、評価もらったら誰かにあげる予定なの?』
 彼を取り巻く男子達が調子よく口笛を吹き始める。そうすると、女子達は我慢ならないと自分達も立ち上がった。
『どっちでも関係ないでしょ。ばっかじゃない』
『最低』
 始まった小競り合いに他のクラスメート達も注目する。たくさんの視線にさらされて、沙緒は気が遠くなりそうだった。とにかく、半ば意地で一ノ瀬を睨み上げる。
『もう見たでしょ。返して』
『返さなかったら、先生に泣きつく?』
 完全におちょくられている。こういう時、どうすれば相手に舐められずに済むのだろうか。父や兄はいるだけで凄まじい威圧感を放つというのに、自分にはそのひとかけらの威厳もない。初等科までだったら、ここで泣いてしまっていたと思う。けれど、涙を見せるのだけは嫌だった。
『とにかく返して。すごく時間がかかるものなの』
 身長差がある相手をひたすら睨むと、一ノ瀬はしらけたように投げ返してきた。返ってきたぬくもりに、ほっと胸をなでおろす。課題の評価が終わったら、二人目をみごもる義姉に使ってもらおうと考えていたのだ。丁寧に畳んで袋に収め顔をあげれば、一ノ瀬はまだ座っていた机からおりていなかった。
『……? あ、返してくれて、ありがとう』
 背後の騒動もおさまりはじめている。まだなにかあるのかと身構えていると、一ノ瀬が口端を釣り上げ床におりたつ。そして沙緒の横を通り過ぎる刹那、小さく囁いた。
『大宮寺先輩ならもっと高価なものとか、上手なの、貰ってそうだしねえ』
 何を言われたのかすぐには分からなかった。けれどその意味を解した瞬間、肩をびくりと強張らせた沙緒の反応に一ノ瀬は気を良くしたようで、笑いながらこう言ったのだ。
『ま、男にしちゃ、手作りって重いよなぁ』

 
 ※※※

 あらかた回想しおえてしょんぼりと肩を落とす。胸の奥がずきずき痛い。クリスマスに間に合うようにとうきうきしながら決めてしまったのは、まずかったのかも。帰ったら兄に意見を聞いてみる? それとも。
 再びため息を吐いてから頭を振って机の上を片付ける。そろそろ流稀の講習が終わるころだ。待ち合わせ場所にいかないと。
 荷物をまとめてから、窓を閉めようとしてなんとなく違和感を覚えた。
 硝子に映る薄暗い教室に、影がもうひとつ。誰か、いる。
 おそるおそる振り返れば、ドアに男子生徒が寄り掛かっていた。もう夕日の光は窓際までしか及んでいないから、学ランを着た背の高い男子だということしか分からない。
「だれ……?」
 編みかけの手袋が入ったトートバッグを胸に抱きしめる。男子生徒が小さく笑いながら一歩教室に足を踏み入れた。思わず後ずさるが、背後は窓だ。
「そんなに怖がるなよ。本当おおげさ。演技?」
 ちゃかすような物言いに既視感を覚えた。薄闇に慣れた瞳に、昼間と同じくからかいの笑みを浮かべた一ノ瀬が映る。
「……な、にか用?」
 震えながらたずねる。確かに、不特定多数の異性に対する自分の態度は普通ではない。大分改善されたけれども、やはり血の気は引くし、言いようのない恐怖に身が竦んでしまうのだ。去年の夏に長く学校を休むまで、人見知りはしてもこんな風にはならなかった。
「あのさ、この前の休みに俺見ちゃったんだよね」
 教室の端と端。距離を縮めるつもりは今のところないということを悟り、沙緒はとりあえず胸をなでおろす。
「見たって」
「東鬼さんと大宮寺先輩が駅ビルにいるの」
 さっと頬に熱が走る。昼休みには、単にカマをかけられたぐらいにしか思わなかったのに。
 東鬼の道場に流稀が入ったということは周知の事実だ。知らない学年の先輩達が探るように沙緒に話しかけるのは一度や二度ではない。その度に、自分は道場に関わってはいないとはぐらかしてきた。学校の行き帰りも、なるべく気をつけている。友達にも流稀と付き合っていることは言っていない。
「なに、黙秘?」
「……。偶然会った、だけ」
 高等部の大宮寺双子は有名だ。容姿もさることながら姉の風歌は学年トップクラスの成績を持ち、責任感ある人柄を買われ、生徒会に勧誘されている。弟の流稀も、成績は姉に及ばないながら試験では常に上位で、誰もが一瞬魅入ってしまうほど綺麗な少年だし、なにより人懐こい明朗な性格で、男女問わず人気がある。
「ふーん? ま、俺もあの大宮寺先輩と、どっか冴えないクラスメートが手をつないでるのには目疑ったよ。信じられなかった」
 そこまで見られていたのかと、沙緒は俯いた。流稀は付き合い始めてから告白されても「彼女ができたから」と断っている。そして必ずと言っていいほど誰なのかと聞かれていることも知っている。
「東鬼さんは、名家出身ぐらいしか取り柄ないもんな。先輩もはぐらかすのは当然か。つか誰も信じないよな。こんな子供と付き合ってるとか」
「……、っ」
 違う。流稀は、妙な言いがかりにさらされないよう沙緒の名前を出さないだけだ。黙ってやり過ごそうと思ったけれど、ふつふつと小さな怒りが湧いてつい口が滑った。
「あなたにはそれこそ関係ないでしょう」
「あるよ」
 苛立ちげに吐き捨ててから、一ノ瀬はきつく沙緒を睨んだ。
「先輩は俺の理想なんだから」
「…………は?」
 思わず、間の抜けた声が出てしまった。
「先輩は男としても女としても完璧なんだ」
 要領を得ない言い回しに、沙緒は戸惑った。
 ぽかんと口を開けたまま突っ立っている沙緒を見下ろして、一ノ瀬は嘆かわしそうなため息を漏らす。
「男の時は、美人なのにやんちゃで、細かいことには頓着しない大らかさ。女の子の時の所作とか学校一だろ。ほんと可愛いし、てきぱきしてるし。あんな人他にはいないよ」
「……それは、そう? だ、ね?」
 確かに自ら女装してみせる男子高校生は他にはいないだろう。それは分かる。性格が良いのも、女の子の時の仕事ぶりも、知っている。それが、なんだというのだろう。
 一ノ瀬は沙緒のにぶい反応を鼻で笑った。
「彼女なんかいらないんだよ。先輩には。十分魅力的なんだから」
「……その、あたしが、こどもだから釣り合わないといいたいの?」
 どうも噛み合っていない気がする。けれどどこから指摘すれば良いのかわからない。
「勿論それもあるさ。というか、この学校で先輩と並んでいて許されるのはお姉さんの方の大宮寺先輩だけだよ。だってそうだろ?」
「あの……二人は、姉弟だけれど……」
「は? 分かってるよ。だから、恋人とかいらないって意味。本当頭わる」
 一ノ瀬の瞳は潤み、頬は朱に染まっていた。熱があるのだろうか。クラスで見る彼とは少しズレた様子だ。沙緒は今まで投げかけられた言葉ひとつひとつを反芻して、自分なりに整理してみる。そうしているとある一つの可能性にたどり着いた。
「一ノ瀬くんは、る……大宮寺先輩のこと、好きなの?」
 一拍置いて、一ノ瀬から表情が抜け落ちる。教室の薄闇がまた深くなり、ますます沙緒は窓辺に背中を寄せた。
「女子って好きだよな。すぐ恋愛系に持って行って面白がるんだ」
「あたし、おもしろがってなんか」
 ――ガンッ!!
 言い終わる前に一ノ瀬が手近な机の脚を蹴る。突然の乱暴な音にびくりと肩が跳ねてしまう。
(……どうしよう)
 何を言っても神経を逆なでしてしまうようだ。沙緒は一ノ瀬のいる場所とは反対側のドアに視線をめぐらせて、喉を引きつらせた。重そうなダンボールが何箱も積み上がって通れなくなっている。そうだホームルームで来週に控えた体育祭まではこのままにしておくと実行委員が言っていた。
「だから言ってるじゃん。俺はさあ、あの完璧な人を崇敬して、オンナとかいらないって考えてるの。恋愛なんて低レベルなコトはあの人には似合わない」
 全く理解できない。けれど言いようのない不快感に奮い立ち、沙緒は一ノ瀬と相対した。
「じゃあ、先輩は、恋しちゃいけないっていうの?」
「オンナって汚いじゃん。あんな綺麗な人はその存在だけで完璧なんだから。どうせお前、父親に泣きついたんだろ」
「……ひとりが平気な人なんていないよ」
 一ノ瀬が女性を嫌っているのは分かった。しかし、妙に難しい言い回しで理想の大宮寺流稀のことを話されても、中身がない。それではまるでお飾りの人形だ。
「先輩は、普通の男の子だよ。変な妄想を押し付けないで」
「そこがわかってないんだよ。東鬼さんは子どもだから」
 考えるのは苦手だとよく言っている。それでも沙緒の気持ちに彼しか言えない言葉で応えてくれた。
『沙緒とはこれからもいろんなとこ行って遊びてーし、いろんなもの食いてーし、出来れば他のヤツじゃあなくて俺を誘ってくれりゃいいのにーとは思う。沙緒と一緒にいるのは、今は一番楽しい』
 好きだと伝えられるよりも、ずっと、ずっと嬉しかった。
 思い出に励まされて、沙緒は背筋を伸ばして一ノ瀬をにらんだ。
「分かっていないのはどっち? 少なくとも、あたしの方が本当の先輩を知ってる」
 沙緒の言い返しに、一ノ瀬は気分を害したように舌打ちをした。
「大人しい顔してヤることは早いんだな。お得意の泣き落とし?」
「あたしのことはなんとでも言えば良い。何を言われても、絶対に別れないから。ようはそうしたかったんでしょう」
 常にない気迫で言い切ると、一ノ瀬が言葉を失った。沙緒はふいっと顔を背けて鞄を肩にかけ、トートバッグを持ってドアに向かった。一ノ瀬の脇を通り過ぎようとした時、肩をぐいと掴まれた。
「バカにすんなよ」
「……」
「男が男を好きだったら気持ち悪いから、言いふらして馬鹿にしたいんだろ」
 片方の腕も掴まれるが、沙緒は動じなかった。すがるような光が一ノ瀬の瞳に宿るが、知ったこっちゃなかった。
「離して。子どもはどっちよ」
 冷めきった声色で言い切る。あっけなく束縛は解け、するりと沙緒は走り出した。
 背後でがたんと何かが床に倒れる音がしたけれど、走って、走ってーー階段の踊り場についた途端、がくりと膝がくだけた。

 抑え込んでいた恐怖が一気に溢れ出す。震えながら肩と腕をつかんで唇を噛んだ。とにかく、落ち着くのを待つしかない。いま時間はどのくらいなのだろうか。チャイムはとうに鳴ったはずだ。
 半分だけ開いたトートバッグから、毛糸玉と携帯が見えた。うまく力の入らない指先をのばして、携帯を引き出そうとしたのだが、景気良く出てきたのは毛糸玉だった。あっというまもなく、下りの階段に勢いよく転がり落ちていく。落ち着いたら拾おう。踊り場の手すりの壁に身体を預けて目を閉じようとした瞬間。
「ん? 毛糸?」
 階下から、いま一番逢いたい人の声が聞こえてきた。たん、たん、と軽い足取りが上に近づいて来る。
 まさかと思い、慌てて身体を起こすけれど、足はまだ震えている。どうしよう、とさっきまでは渇ききっていた涙腺がどんどん熱くなる。
「誰かいんのかー……って、沙緒?!」
 冷たい踊り場に座り込んだまま、沙緒は困ったように恋人を見上げた。たぶん自分は青白い顔をしてるだろう。まるで幽霊である。
「……るきせんぱい……」
「どした?! 大丈夫か? また何か出たのか!?」
 流稀が片膝をついて視線を合わせてくる。見つめてくる透き通った水色の瞳に、ゆっくりと全身を支配していた恐怖が安堵に変わっていく。
「出てないですよ。大丈夫です」
「でも、マジで顔青いぜ。それに何で座り込んでんだ?」
 大きな手のひらが強張っていた指をほぐすように重なり合う。触れたぬくもりの温かさに励まされて沙緒は顔を上げた。
「……貧血で立ちくらみおこして、休んでました」
 ちくりと胸が痛んだけれど、余計な心配はかけたくなかった。流稀は少しだけ口をつぐんでから、拾った毛糸を沙緒に渡す。
「とりあえず場所変えようぜ。こんなとこじゃ、ますます冷えちまう」
 立てるかと問われ、頷いておぼつかなく立ち上がる。階段は暗く、非常灯だけがついた状態だが、しっかり繋がった手のひらのおかげでなんなく降りることができた。
「駅前まで歩けるか? 学食で休んでく?」
 大学部の校舎の教室はまだ煌々と明かりがついていた。一階の外廊下を渡れば、大学部生だけでなく付属の生徒全員が使えるカフェテリア形式の学食や購買がある。まだ気分の悪さが抜けきっていない沙緒はその言葉に甘えることにした。
「そうします」
「おう」
 食堂は昼間の喧騒が嘘のようにがらんとしていた。時間が時間だし、三つの大きな広間のうち、付属の中高等部側の部屋は誰もいなかった。自販機の前にある長椅子に沙緒を座らせて、流稀は尻ポケットから財布を取り出す。
「何が良い? レモンティーでいいか?」
「はい。あ、ホットで」
「おっけ」
 自分の財布を取り出そうと肩にかけていた鞄を膝の上に置く。ずっと薄闇にいたから、蛍光灯の灯りが眩しい。
 ふっと影が差し、レモンの香りがふわりと鼻孔をくすぐる。目の前に紙コップが現れ、沙緒は反射的に受け取った。
「お待たせ、……沙緒」
「ありがとうございま……え?」
「腕、どうした?」
 きょとんと沙緒は瞬いた。立ったままの流稀の視線が、自分の左腕に注がれている。二の腕を軽く持ち上げて、ソレが視界に入った途端、心臓が嫌な音をたてた。
 むき出しの肌に手のひらの形の青痣が残っている。力任せに掴まれたに掴まれたのだと、今更になってずくずくと痛み始めた。
「……ちょっと、ぶつ、けただけです」
「ぶつけた、で手形できるわけないだろ。どしたんだ?」
 コーラの入ったコップを脇のテーブルに置いて、流稀が隣に座った。ひたりと合った水色の瞳は真剣で、すいこまれてしまいそうで。流稀は言葉を選びあぐねている沙緒の両手をそっと包んだ。
「……なあ、沙緒。俺、親父みたく頭よくねーから言ってくれよ。前みたいなことになってからじゃ遅いんだし、俺、そんなん嫌だぜ?」
 ほろ、と堪えてたものが涙となって溢れる。うまく説明できるかはわからない。でも心配をかけたくないからとはぐらかすのは彼や彼を好きな自分に失礼だ。
「……クラスメートに、この前の休みに、あたしと先輩が出かけてるの見られたみたいで」
「迫られたのか?」
 きょとんとする流稀に、沙緒は小首を傾げるしかなかった。
「そのひとにとって先輩は理想で、完璧な人間だから、あたしが彼女なのが気に入らない……らしくて」
「なんじゃそりゃ?」
 思っていた通りの反応。そして自分もいまだによくわからない。
 もう、何度も手を繋いだ。ぎこちなく指を絡ませるようになったのは、いつからだったろう。触れるだけのキス。後ろから抱き締められた時に伝わってきた鼓動は、嘘じゃない。ぽつりぽつりと吐き出すうちに、他人を自分の物差しで測る一ノ瀬の考え方にまた腹が立ってきてしまう。
「男としても女としても完璧って、それじゃあ先輩がふつのひとじゃあないみたいじゃないですかっ。確かに女の子の格好するとすごく可愛いけど!」
「男としても女としても完璧、ってそもそも俺、身体も心も男だし」
 宥めるように肩に触れられて、沙緒はほうっと息をつく。喉の渇きを覚えてぬるくなったレモンティーをこくこくと飲み干した。
「沙緒の腕掴んだのは腹立つけど、そういうのはスルー安定じゃね? つかそいつ大丈夫か? 頭の病院とか目の病院とか薦めなくて平気か?」
「えっと、一ノ瀬くんは普通に先輩が憧れなんだと……」
 流石に同情を覚えて言葉を返してから、名前をぼかすのを忘れたことに気付いた。慌てて沙緒が取り繕う間もなく、流稀がしばしの間を置いてからぽんと手を打った。
「この間の文化祭でうちのクラスで散財していったヤツか。馬鹿だなーとは思ってたけど、馬鹿だったか」
 流稀のクラスはメイド喫茶だった。合間に『恋するフォーチュ●クッキー』から『お願い!シンデ●ラ』などの幅広い曲層のミニライブが開かれたらしい。沙緒は残念ながら見れなかったのだが、友人づてで目の前の流稀は結構前にカバーされた『キューティー●ニー』をノリノリで歌いきって拍手喝采スタンディングオベーションだったそうだ。廊下にまでお客がひしめいていたらしく、後夜祭では見事毎年恒例のミスコン(?)に選ばれた。有史以来初の三年連続優勝完走かと今からもっぱらの噂である。
 一ノ瀬もやはり行っていたのか。そして顔まで覚えられているなんて、本人は感動するかもしれないが、悪目立ちで記憶に残されていても哀れである。
 なんだかもう流稀の言う通り、相手にして悩むことが馬鹿らしく思えてきてしまった。
「……もう口聞きたくないです」
 大きな手のひらがぽん、と頭の上にのる。撫でるように優しく叩かれ、鼻の奥がツンとした。
「ンなのは放っといて、怖いの大丈夫だったか?」
「……、こ、わかった、です……。でも、絶対あそこで泣くのは、ヤだったから」
 沙緒の目尻にぷわわと涙がたまる。上辺だけで流稀のことを決めつけて、別れを迫るようなクラスメートに、泣く顔なんて見せたくなかった。泣いてしまったら、一ノ瀬のことを肯定してしまうようなものだ。
 重なった手のひらをゆっくり握り返して、嗚咽を殺しながら沙緒は想いを紡いだ。
「だ、だって先輩の彼女、あたしだもん。一ノ瀬くんより、あたしの方が、先輩のこと知ってるもの」
「そりゃそうだ。当たり前じゃん」
 曇りのない笑顔で応えられて、胸の中でどろどろしていたものがすうっと消えていく。楽しいことをしたり、美味しいものを食べたりまたは嬉しいと感じた時、流稀は素直に笑う。その笑顔ひとつひとつが微妙に異なることに気付いた時、他にどんな表情をするのかと知りたいと思った。
 かつて前世で沙緒は璃音の妻で、津奈木と三人、ひたすらに穏やかで優しい日々を送った。淡いあわい想いを抱くことはあれど、それが鈴音の想い以上のものであったかと聞かれれば答えは否である。
 流稀に告白しようと決めた時、付き合えるだなんて夢にも思っていなかった。彼が幸せならそれで良いじゃあないかと必死に言い聞かせた。でも、想いはとまらなくて。姉の風歌に嫉妬して、どうしようもなく流稀に焦がれる気持ちが溢れて仕方なかった。
 両思いになれた後もどんどん欲張りになり驚くばかりだ。まるで自分が自分ではないかのよう。手を、つないでみたい。指を絡めて、抱きしめて。ずっと流稀の温かさに触れていたい。それはこんこんと湧き出る泉のように。
 涙が落ちついてから、おそるおそる沙緒は流稀に身を寄せた。
「? どした? 寒いか?」
「……ちょっとだけ」
 人目もないし、良いよね。沙緒は自分に言い聞かせるようにして少しだけ流稀の肩に体重をかけた。
「ん。んじゃくっついてろよ。……痕残んねーようにしねーとな」
 労わるように肩に手が回り、右の手のひらが握りしめられる。冷えていた身体は、じんわりとした熱で満たされていた。
「だいじょうぶですよ。先輩の手は、魔法の手だから」
「魔法の手?」
 小首を傾げる流稀に、思わず顔がほころんだ。
 丈部に襲われた時、沙緒はすぐに諦めてしまった。こうなる運命なのだと。やはりあの男からは逃げられない、と疲れにも似たやるせなさに襲われた。けれど、流稀は絶対に沙緒の手を離さなかった。
『ちゃんと、ここにいるだろ』
 あの言葉に、ようやっと、悪夢の出口をみつけた気がしたのだ。だから、これから先なにがあっても、この手がある限り、自分は自分でいられる。
 こうして好きな人と触れ合える。その時間が、こんなに愛しいと識った。恥ずかしくてまだうまく言葉にはできないけれど、今この瞬間を大事に生きていきたい。たとえばそれが、平凡な当たり前になったとしても。
「先輩に触って貰うと、あったかくて、すごく安心するの」
「ん……。こうしてると、俺の方も何かあったけーや」
 その言葉を聞いて、包み込まれた手のひらに、そうっと指をからめてみる。そうすれば、ぴたりとパズルのピースがはまるように二つの熱がくっついた。流稀の視線が、ふとこちらに向いた。
 ほとんど無意識に、沙緒は動いていた。
 身体をほんの少し起こして、流稀のシャツをくん、と引っ張る。それから、形の良い唇の端っこぎりぎりにそっとキスをした。
「へ?」
 流稀がぱちくりと瞬きをして沙緒を見下ろす。あ、この表情は初めてみるかもしれない。嬉しさと恥ずかしさで頬にどんどん熱が走って来てしまう。
「や、ヤでした……?」
 女の子からするのは、はしたなかったかもしれない。呆れられていないかな、と少し不安に思いながら問いかけると流稀はふるふると頭を振った。
「いや、びっくりした」
「こうしたら、もっとあったかくなれるかなって。あ、コップ片付けますね」
 流稀のコップはとっくに空になっている。羞恥を隠そうと流稀から視線を外してそれに左手を伸ばすと、掬うように指が捕らわれた。
「沙緒」
 常より静かなトーンで名前を呼ばれる。間近に、ラムネの瓶に入ったビー玉のように煌めく瞳があった。ふいに初めてキスをした、観覧車の中のことを思いだす。あの時都同じように、ほんの少し改まった表情で、流稀は言った。
「……もっかい、していい?」
 とくりと胸が高鳴る。生まれたての、恋の心地を、彼も感じていてくれているのかな。
 沙緒ははにかみながら微笑んだ。するりと背中を引き寄せられて、唇が軽く重なる。柔らかい熱に、肩がぴくりと震える。初めての時より、少しだけ長いキスだった。 
「……ははっ、やっぱまだ慣れねーなぁ」
「……先輩、顔ちょっと赤いです」
 吐息が弾んでいるのをごまかす為に茶化してみれば照れくさそうに頭をかいていた流稀が笑った。
「沙緒だって」
「熱いだけだもん」
「あ、ずりーぞ。さっきまで寒い、つってたじゃねーか」
 流稀の背中に腕をまわして、沙緒は、くすぐったい幸せに胸を躍らせた。
「寒かったけど、先輩があっためてくれたから熱くなったの」
「じゃあ、俺もそーゆーことで」
 澄ました恋人の言葉に沙緒は小さく噴き出す。こつりと額をあわせて、二人は笑いあった。
 

 夕暮れの季節が過ぎれば、
 めぐりあって二つめの冬がくる。


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