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沙羅の語り部
性別:
女性
自己紹介:
沙羅ノ国。一般的には「シュアラ」の呼称がつかわれている。
帝と巫女姫が執政を行うこの国の、雅で切ない物語。名無しの語り部が語るとしよう。
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イメージソング:松任谷由美「春よ、こい」→歌詞
途中まで出来たので上げ。春よ、こいの動画がヘタしかありませんでした……でもこの動画もすげえ泣ける。(2015/01/28)
なんということでしょう……二つに分けることになりました。一万字こえただと……(2015/02/04)タイトル変えました。(2015/02/05)





 
 春を恋い
 春に乞う
 春よ、こい


【六花の都】


 新品の制服を胸にあてる。丸襟の白のブラウスに小豆色のジャンパースカート。加えて同色のボレロを羽織る。リボンの色は紺。ふむ。悪くない。流石千年の都一の名門私立大学付属初等部である。
「もうちょい成長させりゃよかったかな?」
 護衛の仕事は腐るほどやったが、どんなに大金を積まれようと、仕える気にはならなかった。九重が命令を聞くのは、後にも先にもあの小さな女神サマだけだ。
 伽羅と沙羅が別れようがくっつこうが、太古は皇の剣であった東国の将軍家が朝廷と悶着しようが、西と東に分かれて大戦乱になり、そののち天下泰平の世になったり、世界規模で戦争になったりしようが、正直どうでもよかった。西と東の混乱期など馬鹿馬鹿しくて一族にはどの家に仕えても良いが稼いだら戻れ、命を無駄にしたらぶん殴ると命令を下したくらいだ。
 閑話休題。現代雅本家のお仕事相手ツートップは旧皇族紫鳳院家と旧東鬼将軍宗家である。そのどちらにも、九重は直接関わらずにいたのだけれども。ちょうど十年前、紫鳳院家に珠のような女の子が生まれた。丁度屋根の上で星見をしていた九重のもとにその報せは滑り込んできたのだ。その少女の護衛依頼に、九重が名乗り出た。
 なんとなく。無二の主君である「お姫」だと思ったから。彼女が生まれたのは、北極星がやけに明るく見える夜で。なんとなく九重の勘は当たるから。
 千年前、花を冠した姫君は、その名の通り儚く眠りについた。巫女姫として重責を担ったあと、夫に愛され、四人の子に恵まれて、これからという時にまるで風が攫っていくかのように吹き散らされてしまったのだ。
 彼女の死を知った時、風と共に生き、風を思うままに操ってきた九重が、初めて風を憎んだ。黄泉路に向かう姫の魂を吹き戻す風の術(すべ)があるのなら、いや、なくても作ろうとしたかもしれない。
 しかし、その頃の九重は身重だった。一番喜んでくれたのが、病の床についた彼女だったのである。
『九重がお母様になるなんて』
 目を細めて、花の姫は九重の大きくなったお腹を撫でた。
『お姫、お姫に名付け親になってほしいの。だから、早く元気になってね』
 我ながら女々しいと思った。花の姫はもう二月もつか持たないか、命の灯火が消えかけている。九重の言葉に、花の姫はころころと少女のように笑った。
『九重は相変わらずのわがままね。年上なのに』
『お姫だけだもん』
『二つ全部は叶えられません。時雨さんからも甘やかすなって言われたばかりだし』
 あいつめ。一応お腹の中の子の父親である時雨を、帰ったら百万叩きにせねばと誓う。
『だから二つのうちのひとつだけ。……本当にわたしがつけていいの?』
 ゆったりと問いかける花の姫はどこまでも透き通るような笑みを浮かべていた。九重が大きく頷くと、姫はほんの少し考えるように瞼を閉じる。
 そして、白い手が枕辺に置いてある筆をとった。墨壺に浸してから、淡い緑に銀箔が刷られた紙にさらさらと筆を走らせる。差し出された紙にはとても横たわりながら書いたとは思えないなよらかな文字が綴られていた。
『これ……』
『わたしと、九重が出会った季節。あれから、もう……三十年は過ぎるかしら……九重は、ずぅっとそばにいてくれた……』
 ありがとう、と姫は微笑んで九重の手を握った。唇をかみしめて俯く。側にいたかったのは自分の方だ。花の姫が荒ぶる風を鎮めたあの日、鬱陶しいほど降り続く雨は、慈しみの雫に変わった。その柔らかで優しい季節の中を歩くうちに、生きる喜びを知り、夫と子まで為したのである。
『九重……紅磨野に、花の窟磐というところがあるの』
 九重が答えなくても、さして姫は気にならなかったようだ。
『海の風が気持ちの良い、とても美しいところよ』
 幸せそうに顔をほころばせて、姫は九重の髪を梳いた。その瞳は、どこか遠くを見るようで。
『なんでも、わたしのように巫女を務めた者がうまれかわるとき、その窟を通るのだとか……』
 女神の陵(みささぎ)だ。と九重は思った。風雅の里からさほど離れていない古代からの神域である。その場所は、陵墓のような大きな岩があり、国づくりの女神が眠る場所と語り継がれてきた。だから風雅の者はみなその窟を、〝女神の陵〟と呼んでいる。
『わたしがもし迷ったら……九重が風になって道案内をしてね……』
 それはずっとずっと先のこと。花の姫は風の砕けぬ大きなおおきな岩を黄泉路に置いて、静かに散っていったのだった。

   ※※※

 長生きはしたけれど、死ぬことをやめたのはどう話すべきか。
 肌の調子の確認も込めてぺちりと両頬を叩く。
「あ、でも記憶あるなしは聞いてないや」
 一応の雇い主である紫鳳院家の嫡子と会食して色々決めてはある。しかし、護衛が決まった後の世間話が八割その嫡子の反抗期に入った弟とのコミュニケーション方法についてというくだらない内容だった。九重は面白そうな箇所を抜粋して聞きながら早々に新橋の天ぷらを味わうことに専念したのである。
「うーむ。ま、いいや」
 会ってから決めれば良い。その時の九重はかなり浮かれていた。主君の生まれ変わりにまた会える。その事実が頭を占めて、軽い足取りで向かった目的地に着いて、己の愚かさを痛感することになる。
「……」
 白い◯塔。十数年前に流行ったドラマのタイトルが脳裏によぎる。閑静な一角に立つ、沢山の白い四角い箱。メモに目を落として、護衛対象の今の状態を思い出す。
(……心臓の病が篤く、手術を控えている。手術は成功する確率が低い、しかも成功したとて長生きできる可能性は五分五分)
 つまるところ、本人の生命力頼み。浮き足立っていた自分を戒めるため、エレベーターの中でばちんと容赦なく頬っぺたを叩く。この大たわけ。それでも風伯か。
 感情を整理し終わったところで、チンと音を立ててエレベーターが止まる。個室のみの病室しかなく、しいんと静まり返ったフロアだ。
 こつ、こつ、とローファーを虚しく響かせて、探し当てた病室の前に止まる。深呼吸。よし。
「失礼しま……」
 戸を開けた途端、ふわりと頬を何かが掠めた。
(花びら……?)
 真白の花が、舞っている。九重は一瞬それに魅入ってしまい、部屋の奥でくすりとこぼれた笑い声でやっと我に返った。
「……お久しぶり。驚いた?」
「お姫……。ってなに窓全開にしてんの!? 体冷やさないでよ!」
 半身を起こすように調整されたベッドの上で、長い黒髪をゆるく三つ編みにした少女はまた顔をほころばせた。
「雪が降ってきたから、見たくて」
 相変わらずおっとりしているというかなんというか。九重はばたばたと窓をしめ、暖房の温度を上げる。ええい、ストーブはないのかストーブは。
「九重がくるなら、風花かなあって」
「風花……。ああなるほど、昔よく見たね」
 うんと頷いてから、少女は頭を下げた。
「紫鳳院桜です。よろしくお願いします」
「雅九重です。えと……」
 綺麗に弧を描く睫毛を瞬かせて、桜は九重を見つめる。透き通った琥珀の瞳は、変わらず優しげに揺れていた。
「生まれ変わって、ない、デス」
 その言葉に、少しだけ眉根を寄せてから、桜は九重を手招きした。すごすごと近づいてベッドの脇にある丸椅子に座る。
「……そっか……。なんとなく、そのような気はしていたの。だから、護衛も頼むかどうかとても迷った」
 そういって桜は窓の向こうで降り積む雪に視線を移した。パジャマから覗く腕はかぼそくて、横顔はとても小学四年生とは思えないほど大人びていた。
「迷ったって……」
「また、置いていってしまうかもしれないでしょう?」
 静かに囁いて、桜はほんのり悲しみを織り交ぜた表情を向けた。
「……あの人が、わたしを探してくれていることは、知ってるかな」
「あ、うん。東京で四苦八苦してるみたいだね」
 前の世で目の前の少女と添い遂げた少年を思い出す。桜が花であれば、彼は水だった。落花流水を体現したかのような夫婦で、二人の霊廟はいまもなお、都否大和中の信仰を集めている。
「お兄さまに頼んだの。どうか私のことは知らせないよう計らってと。だって……」
 羽織ったカーディガンを握りしめて、切なげに微笑む。
「あの人……わたしが死んだあとすぐに亡くなったと聞いたの」
 それがやるせなくて、万が一自分がまた短命ならば会わないままの方が良いと判断した。手術が成功しなければ自分はいなくなる。見つからなければ、いずれ彼も諦めるだろうから。彼だって生まれ変わったのだ。不要な心配をさせるより、前世は前世として区切りをつけさせた方が傷が浅い。
「……でも、勘違いしないでね。わたし、簡単に死ぬつもりはないの。夢だってあるんだから」
「お姫が? 夢?」
 それが一番意外だった。遠慮深く、ただ受け入れるままの印象が強いだけに余計だ。九重が驚いていると、晴れやかに桜は続ける。
「わたし、マザーグースが大好きなの。原文で読んでいるんだから。……あ、これ以上はだめ。手術が成功したら教えるね」
「うん。楽しみにしてる」
 話し疲れたのか、桜は瞼を閉じてベッドに身をうずめる。毛布をかけなおせば、心地好さそうにお礼を言った。
「……手術を受けると決めたのはわたしなの。でも……やっぱり心細くて」
 手術に身体が持たないかもしれない。それでも受けると決めた時、自分だけではなく家族にも覚悟を強いた。手術が近づくたびに増す緊張。海外支社を任されている両親や、実質父親代わりの祖父は大財閥を切り盛りしている関係で側にはいない。けれど、毎日電話があり、手紙を送ってくれる。
 付き添いの時間以外、祖母や叔母は嵯峨の社で祝詞を上げ、長兄は霊験あらたかな噂を耳にしたとかで洛外の社に通い詰めだ。次兄は週末に京都へ必ず来て、平日はきちんと東京で学生をしている。大学をほったらかしにしている長兄への当てつけだ。相変わらず、次兄の方が落ち着いている。
 ちゃんと皆が見守ってくれている。大丈夫だと自分に言い聞かせた。けれど、心許なさは膨らむ一方。すると、長兄が風雅に付き人を一人頼んだと言ってきた。
「……九重に、そばにいて欲しかったの。そうしたら、わたし負けないで頑張れると思った……」
 わがままでごめんね。うっすらと濡れた琥珀の瞳が、九重をとらえる。たまらなくなって九重は桜を抱きしめた。
「そんなもの、わがままでもなんでもないよ」
「……ありがとう」
「頑張る桜ちゃんを、ちゃんと見ているから」
 うんと腕の中で頷く気配。九重はきゅ、と唇を噛んだ。風伯としての能力は何も役に立たないのが歯痒い。けれど、かぼそい身体ひとつで立ち向かう少女を、そばでしっかり見ていよう。今の彼女なら大丈夫だ。生きたいと思う桜と、周りにいる人間の願いの強さがある。
 様々な事象のなか歩んできた九重は、こういった病の局面にも遭遇してきた。だから知っている。人の祈りが、当人の願いが、強く強く束ねられた時に、理屈では合点がいかぬような奇跡を呼ぶことを。

   ※※※

 桜の手術は長時間に及んだ。手術当日は、紫鳳院家の錚々たる顔ぶれが集まった。海外にいる桜の両親、紫鳳院家当主の祖父、祖母、年若い叔母、普段は微妙にうまくいっていない兄弟も。皆一様に閉じた扉の向こうを見つめ続けた。
 九重は一歩距離を置いて、家族の目に入らない所でひたすら待った。窓の向こうでは牡丹雪がしんしんと降っている。
「……止まない……」
 腕時計を見ようとして、ちりりと儚い音がした。ああそうだ。鈴の根付がついた匂い袋を握りしめていたのだっけ。
 実の娘と、その子を預けた妹忍びを思い出す。
『村が、雪崩にあって……』
 脳裏に遠い昔の声が木霊する。深い雪に辟易していた九重のもとにもたらされた、実の子と、その子を預けた夫婦の訃報。遺体は見つからず、屋敷の跡にこれだけが落ちていた。鈴の根付は、時雨が、娘にと遺したもの。匂い袋は、母親になって欲しいと望んだ妹忍びが誂えたものだったのだろう。彼女に赤子を預けた時、文と一緒に渡した九重の髪が、縫い付けられていた。
 子を手放して、妹分の幸せを願ってから十を数えるか数えないかの年だった。
 死ぬのをやめるとはこういうことか。『雅九重』を知る者はやがていなくなる。置いて行かれ続ける生を選んだと言うこと。それからも、命は、強いけれど、呆気なくもあるものだと何度も思った。
 九重は頭を乱暴に振る。これはとうに終わった昔のこと。匂い袋を両手に包んで額にあてる。りん、と励ますように鈴が揺れた。

 しぐれ。
 しぐれ。こんなの、らしくないよね。だけどこわいんだ。
 しんじてるのに、いのりがとどけとねがっているのに。

『大丈夫ですよ』

 ふわりと優しく肩を抱かれた、気がした。懐かしい薫りに引かれるよう顔を上げる。視線の先で、赤く灯り続けていたランプが、消えた。
 がたりとソファーに座っていた面々が立ち上がる。沈黙を押し通していた扉が開かれ、まず執刀医が出てきた。その後ろから、点滴に繋がれて横たわった小さな身体が見える。
 汗だくの執刀医が、マスクを外し、微笑んだ。
「ーー成功です。お嬢さんはよく頑張ってくれました」
 あとは経過を等小難しい話は男性陣が聞き、女性陣が酸素マスクをしたまま眠り続ける桜に駆け寄る。ふと叔母の雪音がこちらを見て手招きをした。
「もう大丈夫。一緒に来て」
 強張る足を無理くり動かして、九重は桜の側に立った。痛々しいほどのチューブに繋がれていて、顔色も良くない。けれど。
 胸は規則正しく上下し、表情は穏やかだった。
「……これからもこの子についていてあげてくださいね」
 優しくなごんだ藤色の瞳には、涙が光っていた。九重は頷いてそっと桜の指を握る。
(体温……ある……)
 全身の力が抜けて、へたりこみそうになる。しばらくはICUで経過を見るということで、桜をのせたストレッチャーが去っていく。ぼんやりそれを見送っていると雪音が背中をそっと支えてくれた。
「みゆきを見事みゆきに転じさせましたね」
「え?」
 瞬きをすると、雪音は桜に似た面差しで、不敵に笑う。
「深雪は不吉な字面だけれど、音はそのままで、もう一つ言葉があるでしょう?」
「御幸……」
 かつて女院だった彼女ならではの発想だ。そしてそれは、かつて大斎院だった桜も同様に当てはまる。
「なんといっても、ここは言霊の幸う国ですからね」
 雪音は自信ありげに薄い胸を張った。九重は苦笑を返しながら、窓の外を見る。雪は止み、厚い雲が千切れ、そこから陽が差していた。災いを幸いに転じた桜を、まるで祝福するような、柔らかな光だ。

 それから数週間、厳重な医療看護下に置かれた桜は経過良好として普通の病室に移った。そこから二ヶ月辛抱強く療養した桜は峠を越えたと主治医に判断され、一泊の外泊許可が許された。
「もう三月なのに、ほんと雪降るねえ」
 九重はほかほかと湯気をたてる土鍋を桜の前に置いた。中身は昆布と鶏肉で出汁をゆっくりとったものに野菜をたっぷりいれた稲庭うどんである。
「記録に見ない全国的豪雪ってニュースで言っているものね」
 半纏に湯たんぽ、ユニ◯ロの防寒ばっちりもこもこ靴下を履いた桜は蓋をあけると美味しそうと目を輝かせた。
「いただきます」
「はいどうぞ。一泊とか短いよねえ」
 はふはふとうどんを食べる桜を見守りながら、九重は口元をほころばせた。なんといっても、桜の食欲が常人並みになったのが嬉しい。前は職業柄もあっただろうが、食が細かったから。
「うん。夜にはお兄さま達が来てくださるんだけれど……、もう少し長く外泊できるようになったらで良いのになぁ」
 出汁をたっぷり吸った銀杏切りの大根を味わいながら、桜は眉根を寄せる。
「嬉しくてしゃーないんだよ。ていうかゆっきーは大学大丈夫なのかねえ」
「さあ……。どっちにしろ、毎日会っているのに、これでは抜け出すのが大変」
 間。
「……………………お姫、いや桜ちゃん」
 たっぷり1分は固まっただろうか。その間に、やっとこさ外泊許可を頂いて籠から出てきた姫君は稲庭うどんをひたすら召し上がっていた。とろみがついていて美味しいなどとこぼしながら。
「なあに?」
「いまなんか不穏な言葉聞こえたよ?」
「確かにお兄さまが留年どころか退学なんてことになってしまったら、不穏どころか雪矢兄さまの言うように縁切りたくなるけれど」
「そこじゃない! てか流石にここちゃんそこまで言ってないよ!? 一体ゆっきーは弟妹からどんな目で見られてるの?!」
 ほんわりした外見におっとりした性格をしているが、何気に辛辣な少女はこてんと首を傾げる。頬は円くなり、赤みを帯びて、めでたいことこのうえない……ではなく。
「抜け出すって?」
「あ、それ? うん。ちょっとね、頼まれて。冬を終わらせるの」
 明日晴れらしいよ、とか、宿題やってる? などに似た軽い口調だった。九重が再び固まっている間、桜はうどんを全てたいらげて、ごちそうさまと手を合わす。
「冬を、終わらすって……えーと、この豪雪と関係が?」
「うん。天の決まりで、春は佐保姫、夏は筒姫、秋は竜田姫、冬は宇津田姫がそれぞれ受け持っているのだけれど、冬の宇津田姫と佐保姫が喧嘩をしてしまったらしいの」
 なんだか話が壮大になってきたぞ。頭の回転が速いと自負しているが、こうふわふわした感じに語られるとなんだか調子が狂ってくる。そのような九重にはお構いなしに桜は困ったようにため息をついた。
「なんでも、簪が似合うか似合わないかとかで。佐保姫がすっかりヘソを曲げちゃって、岩戸にひきこもってるらしいの」
「岩戸ってあの天の岩戸?」
「うん、まあそういう場所かな。神様の中で、独りになりたいときとかよく使われていて……」
「なにそれひきこもりスポットなの?! 天つ原大丈夫?!」
 世間一般に伝わる神話のイメージをそのまま信じているわけではない。しかし、この国でおそらく一番有名な物語に登場した岩戸がネカフェやら、パソコンと得体の知れないフィギュアに囲まれながら『働いたら負けだと思っている』などと抜かすニートの自室のように語られるとは思わなかった。
「結構解放感溢れているよ? 人界の神語りとは全然違うの」
 まるで見聞きしたかのように言うので、微妙な目線を向けると、これまたさっぱり『生まれ変わる前に神さまをやっていた』と応えがかえってくる。徳を積むどころか、神にまでのぼりつめてしまったと。スケールでかすぎる。
「お、おう。……で、だれに頼まれて、どうやって冬を終わらせるの?」
 九重の質問に、なるべく簡潔にわかりやすく答えなければと桜は少し唸る。別に口止めされているわけではない。ただ、天の様子は複雑だから説明し難いのだ。時間稼ぎにこたつに置かれた籠からみかんを取り出して、綺麗に剥いたあと、半分を九重に差し出す。
「大したことではないよ」
「いや、大したことだよね? 春来なかったら大寒波襲来で大和の危機じゃんね?」
「大丈夫。だから私が陽女神さまに頼まれたのだし。あ、神様のなかで一番偉い女神さまね」
 桜は窓の外をあおいで、少し前に見た夢を思い出していた。
『久しいな』
 照り映える銀の髪を翻し、蒼穹を思わせる瑠璃の瞳を輝かせて、相変わらずかの女神は不敵に笑った。一瞬お迎えがきたのではとひやりとした桜だったが、そうではなく。
『そなたの舞で冬を終わらせ春を呼べ。褒美もある』
『……四季の姫たちに何か?』
『得意の夢渡りで見た方が早い。ではな』
 頼んだぞと念を押されて、そのまま目の前にかけられた天の橋立を渡り、冬と春の姫君達の喧嘩模様を見てきたのだ。
「それ軽く臨死体験してない? 大丈夫?」
「臨死体験だったら、黄泉路を下るからちょっと違うかな。あ、でも人界では地下という概念なのよね。厳密にいうと違うから……そうとも言えるかもしれない」
 のほほんと玄米茶を啜って、桜は寝巻きの袂を探った。
 りん、と涼やかな音を立てて五色の紐と鈴がついた扇が現れる。
「本当は神楽鈴の方が相応しいかもしれないのだけれど、せっかくあの方が神宮の御神体の一つをかすめ取って来てくださったから」
「そんなことまでしちゃったんだ!?」
「実際人が見ている御神体は模倣品だもの。今日一日ぐらいバレないよ」
 ちなみに桜が欲しいと扇を呼ぶと現れ、戻れと命じれば帰るらしい。手間が省けるが、同時にどこでも舞えるからまたあの女神に頼まれたら断れないという状況がいつの間にか作り出されている。相変わらず抜け目のない方だなぁと桜はため息をつきたくなった。
「でも、お姫の舞は……」
「もう歪みはないから、生命を削ることはないの。疲れるけれどね。大丈夫」
 その返答に、九重は目をすがめて口をとがらせた。まだ療養に専念しなければならない桜が疲れる状態に陥るだなんて。何かあったらどう落とし前をつける気なのだろう。
「そんな顔をしないで。気紛れな方だということは否定しないけれど、丁度私も、区切りをつけたいと思っていたし」
「区切り?」
「うん。区切り」
 頷いた桜の強い眼差しに、九重は一瞬気圧される。熟した杏の瞳に命の光を灯らせて、桜は言い切った。
「私が、生まれ変わるために。そして九重も」

‐『窟』編に続く‐
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